北村さんちの遺跡めぐり
更新日2026/2/28

2025年秋の旅その3・広島県2 2025/11/23・24

2025/11/24   三日目です。



ホテルアルファーワン
朝食

豪華です!!


7時23分  「ホテルアルファーワン三次」発
南西約5kmにある糸井大塚古墳へ。朝靄の中の古墳見学。

糸井大塚古墳周辺の地図g

糸井大塚古墳
県史跡
三次市糸井町
撮影日2025/11/24

周濠跡が農地となって丸く残っている。
きれいな墳丘!

 糸井大塚古墳は  全長65mの帆立貝式古墳  県内最大級
  円丘部径56m、高さ8〜10m 方形部幅19〜20m、同部の高さ(推定)3m
 幅30mの溝がめぐる
 周溝を含めた規模は100m以上の大きさとなる。
 河原石の葺石あり   
 埴輪片が出土  円筒埴輪と方形部付近で家形埴輪
 5世紀前半の築造と推定されている。

南から見る 説明板の後ろにきれいな墳丘

西から見る 左側裾は削られている

手前の高まりが短い前方部か

北東から見る 左が前方部側
 説明板から
周溝は、
 墳丘を中心にして円形状になっている。

 幅は約30m
現在の水田のあぜによく残る。

第2号古墳との間の周溝は
 狭くなり変形している。

2号墳は、消滅か

   

三玉大塚古墳
県史跡
三次市吉舎町三玉
撮影日2025/11/24

旧吉舎町(キサチョウ)、県道426号線と223号線の交差点の南西の丘陵にある。
そばまで自動車で行ける。整備されている。

 三玉大塚古墳(ミタマオオツカコフン)は 全長46mの帆立貝形古墳
  直径33.3m・高さ8mの円丘部に、幅15m・高さ2.2mの方形の檀がつく。
 高さ1.2m・幅7.6mの外提があり周溝を形成している。
 河原石を使って葺石を三段にめぐらし、各段には平坦面がある。
 2段目の平坦面には円筒埴輪が立てめぐる。
 この2段目と同じ高さの方形の檀には
   円筒形埴輪、朝顔形埴輪、形象埴輪(人物・馬・家・キヌガサなど)が立てられており、
   ここが祭壇としての機能をもっていたものと考えられている。
 須恵器も出土
 墳頂部に竪穴式石室があり、
  盗掘に遭っていたが、銅鏡や玉類、筒形銅器、武器、武具、馬具、須恵器などが出土
 5世紀後半の築造と推定されている。
 標高約280m、馬洗川右岸の丘陵上に立地する。

全景

三玉大塚古墳 後円部側 2段築成

墳頂部に天井石が露出している 左側に前方部

墳頂部 

後円部から前方部を見る

前方部裾から後円部を見る

テラスに散ったモミジの赤い絨毯
 説明板から

三玉大塚第2号古墳

     

みよし風土記の丘
国史跡浄楽寺・七ツ塚古墳群
三次市小田幸町
撮影日2025/11/24

午前8時半、朝靄はまだすごい!
国史跡浄楽寺・七ツ塚古墳群を中心とする約30ヘクタールの地域が
 みよし風土記の丘として広域的に保存されて、
 歴史民俗資料館の資料、遺跡や文化財が公開されている。
   
まず資料館の近くに移築されている遺跡から

 篠津原(シノツハラ)第3号古墳の横穴式石室 (移築復原)
  直径11m・高さ1.5mの円墳
  花崗岩の切石造りの石室は長さ3.1m、幅高さともに1.2m 
  7世紀の終わりごろの築造と推定されている。

石室だけ保存されている

切石積の石室は備後北部では唯一のもの

説明板から

   

 宗祐池東(ソウスケイケヒガシ)第4号古墳の竪穴式石槨 (移築)
  直径15mの円墳 幅2mの周溝
  6基の埋葬施設があり、その中の規模が大きく中心的な竪穴式石槨を移築

竪穴式石槨

方向を変えて見る
    

説明板から

  

 宗祐池西(ソウスケイケニシ)遺跡の箱形石棺
  三次市南畑敷町の宗祐池西遺跡で見つかった箱形石棺を移築
  四方に小型の石を積み上げて作られていて、その構造が竪穴式石室によく似ている。
  6世紀末〜7世紀前半ころの築造と推定されている。

移築石棺1

移築石棺2

移築石棺3
   

説明板から

    

国重要文化財 旧真野家住宅

江戸時代初めの建築を移築保存した
復原古代住居

高床住居と平床住居
古墳時代の代表的な建物を復原した
平床住居もある。

    

 国史跡 浄楽寺・七ツ塚古墳群
 三次盆地周辺は、中国地方有数の古墳密集地。
 中でも比高30〜50mの丘陵上に密集する浄楽寺・七ツ塚古墳群は、最もその特徴を示している。

国史跡 浄楽寺・七ツ塚古墳群全体図  左が北となる   (ウォーキングマップに加筆)
浄楽寺 七ツ塚
前方後円墳 0 1 1
帆立貝形古墳 1 2 3
円墳 98 55 153
方墳 17 2 19
116 60 176

資料館からかなり急な坂道を登ると七ツ塚古墳群に至る。

 七ツ塚古墳群 (史跡浄楽寺・七ツ塚古墳群)
 三次盆地周辺は、中国地方有数の古墳密集地域。
 なかでも比高30〜50mの丘陵上に密集する浄楽寺・七ツ塚古墳群は、最もよくその特徴を示している。
 この地区は、浄楽寺古墳群と一連の丘陵上にある七ツ塚古墳群で総数60基の古墳が見つかっている。
 丘陵の最も高い所に位置する七ツ塚第15号古墳(直径28.5m・高さ3.3mの円墳)を中心に、
  前方後円墳1基、帆立貝形古墳2基のほか多数の円墳が密集している。


    (説明板から)

 

七ツ塚20号古墳
七ツ塚20号古墳 墳頂部
七ツ塚19号古墳、右奥は20号古墳
七ツ塚19号古墳
七ツ塚18号古墳
七ツ塚17号古墳

  

 七ツ塚11号古墳
  全長28.5mの造り出し部を西に向けた帆立貝形古墳
   円丘部直径22m、高さ(南側)2.8m、造り出し部長さ8m、幅7.5m、高さ0.8m
 周溝は円丘部側の東半分にあった
 墳丘の円丘部は2段築成で、段がほぼ円形にめぐり、造り出し部の平坦面につながる。
 埋葬施設は確認できていない。
 七ツ塚古墳群のある丘陵の頂上部から南にのびる尾根上に造られている。




11号古墳
 右に前方部

説明板から

     

 七ツ塚15号古墳
  直径28.5mの円墳 高さは(北側)3.3m、(南側)3m
  2段築成 墳丘の低いところに段が一周
  周溝はほぼ一周している
  葺石あり、埴輪あり
  埋葬施設は確認できていない
  七ツ塚古墳群がある丘陵の頂上に造られている。
  浄楽寺・七ツ塚古墳群のなかでもっとも高いところにある大型の円墳

七ツ塚15号古墳

七ツ塚15号古墳 墳頂部に三角点がある
     

説明板から

   

七ツ塚21号古墳
七ツ塚22号古墳

七ツ塚22号古墳 葺石?

七ツ塚10号古墳  左奥に前方部
七ツ塚10号古墳 墳頂部

     

 七ツ塚9号古墳
  全長29.5mの前方後円墳 前方部を西に向ける
   後円部は直径21m、高さ4.5m(北側)
    前方部幅16m、高さ2.3m(北側)  くびれ部は幅10.5m
  急斜面に立地するため左右対称になっておらず、北半分が大きい
  墳丘のテラス(段)はないが、後円部の北側中ほど以下の傾斜が緩くなっている。
  埴輪あり  葺石あり。
  5世紀後半〜6世紀前半の築造と推定されている。
  丘陵の北側斜面に築かれている

七ツ塚9号古墳 右奥に後円部
  

七ツ塚9号古墳 後円部から前方部を見る
 奥は10号墳

七ツ塚9号古墳 前方部から後円部を見る

説明板から



七ツ塚8号古墳
七ツ塚7号古墳
七ツ塚33号古墳
七ツ塚30号古墳
七ツ塚26号古墳
七ツ塚27号古墳
七ツ塚25号古墳
七ツ塚34号古墳
七ツ塚35号古墳
七ツ塚24号古墳
七ツ塚24号古墳 墳頂部の墓壙跡

七ツ塚古墳群は丘陵上にあるのだが、丘陵上から東方へ坂を下ると七ツ塚古墳群東群がある。

 七ツ塚古墳群東群
 丘陵の頂上部から東に下った平坦面に集中して造られた10数基の円墳からなる支群。
 七ツ塚40号古墳は 直径26m・高さ3.6mの円墳で、支群中最大。
 七ツ塚43号古墳は 直径20m・高さ2.5mの円墳
 42・48・49号古墳は横穴式石室がある。 
七ツ塚古墳群東群41号古墳
七ツ塚古墳群東群の様子
 説明板から

丘陵上の七ツ塚古墳群(本群)から北に緩やかな坂道を下ると、浄楽寺古墳群に至る。



浄楽寺古墳群西群に入り込んでしまった……
小さな高まりがたくさん見られる。

 浄楽寺古墳群西群
 浄楽寺111号古墳

西群の中では大きめの円墳

常楽寺古墳(本群)へ

 浄楽寺61号古墳
  一辺19m・高さ2.7mの方墳
  墳頂部はほぼ平坦
  長さ2m・幅0.6m深さ0.45m・の箱形石棺から 鉄剣、鉄器の破片、人骨の一部が出土
  丘陵上の古墳が密集したところに造られている。
手前・浄楽寺63号古墳
 奥・61号古墳


常楽寺61号古墳

常楽寺61号古墳

説明板から

  

 常楽寺57号古墳
 常楽寺56号古墳

  

 浄楽寺第1号古墳
 全長27.9mの帆立貝形古墳  造り出し部を南に向ける
  円丘部直径23.5m、高さ3m、造り出し部の長さ5m、幅9.5m、高さ0.8m
 葺石あり  周溝はほぼ一周
 円丘部は2段築成で、段がほぼ円形にめぐり、造り出し部の平坦面とつながる
 墳頂部の平坦面に箱形石棺があったと思われるが、
   現在は石材が抜き取られていて不明
 丘の尾根上の平坦地に造られている。

浄楽寺1号古墳
  

浄楽寺1号古墳 横から
   

説明板から

  

 浄楽寺2号古墳 奥は4号古墳、5号古墳

この先にある常楽寺古墳群最大の「浄楽寺12号古墳」を見ずに戻ってしまった……

 浄楽寺第12号古墳
 丘陵上に作られた、直径46m、高さ6mの円墳
  浄楽寺古墳群(116基)の中で最も大きな古墳。
 2段築成   葺石あり
 段部と墳頂部端には約1m間隔で円筒埴輪がめぐり、家形埴輪の破片も採集されている。
 墳頂部のほぼ中央には木棺のまわりを粘土でつつんだ粘土槨2基が
     頭部を南東に向けて、並んで見つかっている。
  北側の粘土槨は、長さ4.2m・幅0.6mで床面には礫が敷きつめられている
   中から鉄鏃3、刀子2、鉄片3が出土
  南側の粘土槨は長さ2.4m・幅0.4m
   中からガラス小玉約100、メノウ勾玉2が出土

        

史跡 矢谷古墳
 国史跡
三次市東酒屋町
撮影日2025/11/23

風土記の丘の北約3kmの工場地帯に四隅突出形の、なんと前方後方墳がある。
え、めずらしい!! 見学せねば!!
南にある酒屋体育館に駐車して、その背後から墳丘に行ける。

矢谷古墳 登り口



     

 「史跡 矢谷古墳」は、
  四隅突出型墳丘墓とその西側の2基の方形区画墓
   および古墳時代後期の須恵器窯跡から成る

  三次盆地南縁の丘陵上にある。
 矢谷古墳は  全長18.5mの四隅突出型前方後方墳
   墳丘長辺の一辺(東辺)に、くびれ部があり、前方後方形状にも見える変則的な平面形
  くびれ部より南側の長さ6m、北側の長さ12.5m、高さ1.2mで周囲には幅2mの周溝がめぐる  
  墳丘斜面には貼石、裾部に列石がある
  墳丘各所や周溝部で特殊器台や特殊壺などの土器が数多く出土
  埋葬施設は木棺7基・箱式石棺2基・土壙など計11基がある。
  中心埋葬施設と考えられる最も大きい木棺を安置する穴は一辺が約4m・深さ2mで
    内部からはガラス小玉・碧玉製管玉、供献土器である鼓型器台などが出土
  その他の埋葬施設から鉄製ヤリカ゚ンナ、鉄製刀子片などが出土
  墳墓の周溝内からは
   高さ1.5mにおよぶ特殊器台・特殊壺(国重文)と呼ばれる大型の供献土器が約10個体分出土
  弥生時代〜古墳時代への移行期の築造と推定されている
  昭和52〜54年(1977〜79)に発掘調査
 方形区画墓からは、ローマ帝国産のガラスで作られた小玉が発見されている。

南から見た矢谷古墳

前方部東側の突出部の先にくびれ部がある

後方部西側の突出部

後方部から前方部を見る 赤い屋根は体育館

前方部から後方部を見る

墳丘上には埋葬部表示がある。

景色のいい場所に
 造られている
 説明板から

矢谷古墳(矢谷弥生墳丘墓)遺構配置図

南東側の突出部のところに
 くびれ部があるので
 「四隅突出型前方後方墳」といわれている。

平成24年(2012)の分析調査で
方形区画墓の@から出土したガラス小玉は
 古代ローマ帝国で生産された
   ガラスの特徴的な成分である
   ナトロン(蒸発塩)が含まれていることが
    分かった。




午前10時
さて、島根県浜田市に向かいます

三次IC(中国縦貫自動車道)- 千代田JCT(中国横断自動車道)-金城PA-浜田JCT-浜田IC

片山古墳麓に 11時25分ごろ到着



片山古墳 (島根県浜田市) へつづく

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