北村さんちの遺跡めぐり
更新日2026/2/7
2025年秋の旅その2
広島県12025/11/23・24
| 久松第1号古墳 | 庄原市東城町川東 撮影日2025/11/23 |
大迫山古墳群に行こうと思っていたら、その登り口のすぐ北に古墳マークがあるのに気付き、そちらを見に行く。
| 久松第1号古墳は 全国文化財総覧では、 「円墳か 横穴式石室は長さ2.7m、幅1.4m、高さ1.4m」 とある。 |
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壊れた石室?
| 大迫山古墳群1号墳 県史跡 |
庄原市東城町川東 撮影日2025/11/23 |
北の麓に「大迫山古墳群」の案内板と説明板がある。
![]() 登り口の説明板と案内板 |
![]() 登り口から山道が無くなるところまで登ると 水道塔がある。 |
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![]() ここより650m!!で断念 |
![]() 念のため水道塔の横を登ってみると なんと! 古墳があった。 |
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大迫谷第2号古墳 (大迫山ではなくて、大迫谷です)
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| 大迫山古墳群は前方後円墳1・円墳1の2基 成羽川左岸の丘陵頂部、標高約400mに立地。 1号墳は全長45.5mの前方後円墳 後円部径25m・高さ5m、前方部幅17m・高さ2m、 後円部3段・前方部2段築成 葺石を備える。埴輪は出土していない。 後円部中央にある竪穴式石室は長さ約5.1m・幅約1.2m・高さ約1.1m、 室内から獣首鏡や玉類、刀剣類、鉄鏃、銅鏃、矢筒、筒形銅器などが出土した。 4世紀中頃の築造と推定されている。。 2号墳は 1号墳前方部の南東にある 直径17m・高さ2.5mの円墳 |
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登り口にある説明板から![]() |
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![]() 大迫山第1号古墳竪穴式石室実測図 |
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| 塚迫古墳群 | 庄原市東城町竹森字野呂塚迫 撮影日2025/11/23 |
北側の道路から墳丘が見える。
| 塚迫古墳群は 円墳2基 横穴式石室がある。 1号墳 直径約11m・高さ1.6mの円墳。横穴式石室は長さ7.2m・幅1.2m・高さ1.6m以上 2号墳 直径約12.5m・高さ2mの円墳。横穴式石室は5.5m・幅1.2m・高さ1.3m 1号墳と2号墳の開口部の向きが違う。 |
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![]() 写真中央の小山が1号墳の墳丘 後ろに2号墳 |
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塚迫古墳群1号墳
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塚迫古墳群2号墳 笹薮が酷くて石室に入らなかった
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| 牛川古墳 | 庄原市東城町川西 撮影日2025/11/23 |
庄原東城線の「東城レミコン」の東に「牛川古墳」への案内板が見えていて、
この道を行くと牛川古墳に着くのだが、この道が全面通行止めになっていた。
グーグルマップストリートビューでは、墳丘らしきものが見えているが、残念ながら見学はできなかった。
| 牛川古墳は 全長21mの前方後円墳 後円部径14m、前方部の幅10m、後円部の高さ2.6m 東城町では前方後円墳が、4基確認されているが、 本古墳は最後の段階のものである。 後円部には、石灰岩の天井石2枚が露出していて、 横穴式石室があると考えられている。 6世紀後半頃の築造と推定されている。 東城の市街地と戸宇の谷を結ぶ峠にあたる標高384mの丘陵尾根上にある。 (説明板から) |
| 辰の口古墳 県史跡 |
神石郡神石高原町高光 撮影日2025/11/23 |
合併で広大な町域となった神石高原町(ジンセキコウゲンチョウ)の神石支所近くにある。
総合交流センターに駐車。
休日なので停め放題だが、古墳の場所が分からなくても訊くこともできない。
竪穴式石室が覆い屋の中に保存されている。

県道25号線(三原東城線)の道路標識に
「辰の口古墳」の表記がある!!
神石郵便局・総合交流センターの横の公園の奥の小さな橋を渡って山を登る。

坂道途中の説明板
| 辰の口古墳は 全長77mの前方後円墳 前期古墳では広島県内で最大 後円部直径41m×36m 高さ7.3m 前方部長さ36m・幅24m・高さ]4.9m 人頭大の河原石の葺石がある。 墳丘頂部では最古級の円筒埴輪が並んでいる 竪穴式石室は全長6.7m・幅0.8m・高さ1.1m 4世紀後半の築造と推定されている。 後円部頂部の標高は518.4m |
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![]() 辰の口古墳 くびれ部から後円部を見る |
![]() 後円部の竪穴式石室の覆い屋 |
![]() 後円部の竪穴式石室 |
![]() 辰の口古墳 後円部から前方部を見る |
![]() 前方部のピーク |
![]() 辰の口古墳 前方部から後円部を見る |
石室そばの説明板から![]() 石室は 厚さ2〜3cmの板石2000枚以上を小口をそろえて丹念に積み上げられている 調査前から石室の一部が開口していて、副葬品としては、碧玉製の管玉が1点出土しただけ。 |
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午後3時を過ぎたが、昼食を食べるところがない……
庄原市の中心まできて、セブンイレブン庄原新庄店で
ようやく 焼きおにぎり・おむすびを食べることができた……
| 瓢山古墳 県史跡 |
庄原市東本町2丁目 撮影日2025/11/23 |
日本の桜百選に選ばれている上野公園。
上野池の北側から墳丘そばまで車で行ける。駐車スペースもある。
| 瓢山(ヒサゴヤマ)古墳は 全長41mの前方後円墳 後円部径22m高さ4m 前方部幅17.8m 葺石あり 円筒埴輪がめぐる 未調査のため、内部は不明 (説明板から) 5世紀代の築造と推定されている。 上野総合公園北側の丘陵頂部に立地する |
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![]() 瓢山古墳 右に後円部 |
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![]() 前方部斜め後方から後円部を見る |
![]() 後円部から前方部を見る |
![]() 前方部から後円部を見る |
![]() 「広島県史跡 瓢山古墳」の標柱と説明板石碑 右に前方部 |
| 唐櫃古墳 県史跡 |
庄原市川西町唐櫃 撮影日2025/11/23 |
西側麓に大きな駐車場があり、その奥に登り口がある。
広島県北部で最大の横穴式石室がある。
![]() 唐櫃古墳 登り口 |
![]() 唐櫃古墳へ登る道の脇にある石仏群 |
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| 唐櫃古墳(カラビツコフン)は 全長41.4mの前方後円墳 後円部の高さは5.4m 後円部2段築成 周溝がある。 後円部南側に開口する横穴式石室は全長13.1m、 玄室長7.2m、羨道部5.9m、幅2.4m、高さ2.6m 石室内や墳丘から須恵器などのほか、 鉄製馬具、鉄鏃、耳環(耳飾り)3対や、 銀製山梔(くちなし)形空玉、金銅製鈴などが出土 中でも銀製山梔形空玉は、全国で4例目の出土となり、近畿地方以外での出土は初めて 6世紀後半の築造と推定されている。 耳環が3対出土したことや、須恵器などの出土遺物から 少なくとも3回の埋葬が行われたと考えられている。 以前は「明賀古墳」といわれていたが、 文化財指定(平成5年)にあたって整備され、「唐櫃古墳」と変更された。 |
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![]() 前方部と後円部が同じくらいに見えるが、実は後円部のほうがかなり大きい |
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![]() 前方部脇から後円部を見る |
![]() 前方部から後円部を見る |
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![]() 後円部の大きさに比べて小さな前方部 |
![]() 後円部南側に開口している 手前の天井石は復元された石 |
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![]() 左側壁 奥に見える立石のところまでが 羨道と考えられている。 |
![]() 右側壁 右側には立石はない |
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![]() 石室内部 |
![]() 天井石 |
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![]() 石室内から開口部を見る |
![]() 墳丘前に大きな説明板 |
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説明板から
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| 佐田谷・ 佐田峠墳墓群 国史跡 |
庄原市高町・宮内町 撮影日2025/11/23 |
令和3年に国史跡となる。
2本の大きな道路に分断されて、3地区に分かれている。
インターネット上に
「広島県北部における弥生墳丘墓の成立と展開-佐田谷・佐田峠墳墓群の発掘調査を通して-
(広島大学考古学研究室紀要)」
が公開されていたので参考にさせていただいた。
| 佐田谷・ 佐田峠墳墓群 サタダニ・サタダオ フンボグン | 国史跡 | ||||||||||||||||||||||||
| 庄原市高町・宮内町にまたがる丘陵に所在する 弥生時代中期末から後期前葉(紀元前1世紀〜1世紀頃)にかけての墳墓群。 四隅突出型墳丘墓3基、方形台状墓4基、方形周溝墓1基の8基からなる。 弥生時代における墳丘築造と埋葬関係、埋葬施設の配置、墳墓祭祀の変遷を知ることができる重要な遺跡 として国史跡となる。 |
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![]() 佐田谷・ 佐田峠墳墓群の配置図 (説明板から) この図では「北」は下となる。 西(右)から「佐田峠墳墓群3・4・5号墓」 「佐田峠1・2号墓」 「佐田谷1・2・3号墓」 の3地区 現在は、大きな道路ができて、3地区に分断されているが、2つの陸橋で3地区がつながっている。 |
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佐田谷1・2・3号墓の西麓の道路が広くなっていて駐車場となっている。
佐田峠1・2号墓の東麓から坂道を上がると、道路で分断された3地点が陸橋でつながっているのがわかる。
坂を登った所に大きな説明板がある。

| 佐田谷1・2・3号墓 | ||||
説明板から![]() |
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佐田谷1号墓 四隅突出型墳丘墓
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佐田谷2号墓 方形台状墓
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佐田谷3号墓 方形台状墓
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陸橋を渡って…
| 佐田峠1・2号墓 | ||
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佐田峠2号墓 方形台状墓
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佐田峠1号墓 方形台状墓
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次の陸橋を渡って…
| 佐田峠墳墓群3・4・5号墓 | ||
説明板から (説明板から) |
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佐田峠5号墓 方形周溝墓
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佐田峠4号墓 四隅突出型墳丘墓
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佐田峠3号墓 四隅突出型墳丘墓![]() |
| 旧寺古墳群 県史跡 |
庄原市掛田町 撮影日2025/11/23 |
実は午後5時を過ぎて真っ暗なのですが……
古墳群の東麓の西城川のほとりに登り口がある。駐車スペースもある。
![]() 登り口 右手に駐車スペースがある。 |
![]() 登り切ったところに 「広島県史跡 旧寺古墳群」の石碑と説明板 |
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| 旧寺古墳群(フルデラコフングン)は 前方後円墳である第1号古墳を中心に、12基が群をなす5世紀前半の特徴的な古墳群。 1号墳は全長61.7mの前方後円墳 周囲の円墳のうち、1号墳の前方部の前側にある9号墳は最も大きく直径16.2m 最小は後円部のそばの3号墳で直径5.5m 5世紀中ごろの築造と推定されている。 ![]() 旧寺古墳群の実測図 説明板に加筆 |
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| 第1号墳 全長61.7mの前方後円墳 後円部径39.3m、高さ6.5m、前方部長さ25.7m・幅28.8m・高さ3m 2段築成 葺石あり 埴輪がめぐる。 未調査だが、後円部の頂部には盗掘の痕跡があり、竪穴式石室らしき穴が露出している。 遺物は確認されていない。 備北地方最大級(県内第4位)の規模
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旧寺2号墳 円墳 説明板のすぐ裏側にある![]() |
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旧寺9号墳 直径16.2mの円墳 円墳の中では一番大きい![]() 円墳の中では一番大きく目立つ墳丘 |
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時間が足りない……
本当は今日中に「みよし風土記の丘」まで行く予定だったが、見学したい古墳をいくつもふっ飛ばしても
15kmほど手前で夜になってしまった……
6時すきに「えむエナジー(三次市十日市南1)」にてガソリン給油
「すき家183号三次店(三次市十日市中1)」にて夕食
「ホテルアルファーワン三次(三次市十日市西1)」で宿泊。うれしい朝食付き
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糸井大塚古墳へつづく