北村さんちの遺跡めぐり
更新日 2019/2/10

兵庫県北部その2
養父市2
2018/12/1〜3

第一日目、香美町の古墳を見学して、養父市に戻ってきた。

周辺の地図g

箕谷古墳群 
ミイダニコフングン
国指定史跡
養父市堀畑
(撮影日2018/12/1)

つるぎが丘公園北側に、整備保存されている。
北にある道路からは、ずいぶん下方に古墳群はある。南のグラウンドから行けば、すぐだ。
2号墳から銘文入りの鉄刀が見つかったので、「つるぎが丘公園」と名付けられた。
つるぎが丘公園には、体育館や温泉プールもある。
養父市HPに箕谷古墳群のページがあるので、参考にさせていただいた。

 箕谷古墳群は 八木川下流域の左岸に位置している。
  細い谷筋を入った北・西・東の3方を山に囲まれた袋状の地形に立地している。
 2〜5号墳の4基の古墳が確認されている
 南方向に入口のある横穴式石室がある
 2号墳・3号墳・4号墳・5号墳の順につくられて、次第に規模が小型化している。
 2号墳から「戊辰年五月(中)」と刻まれた鉄刀が出土。平成4年に国指定史跡となる。
 2号墳は、古墳内部にある横穴式石室を保存修理し、
   埋葬された当時の横穴式石室を復元展示している。
 昭和58年に公園整備のための発掘調査。

箕谷古墳群

右手前 2号墳
その奥 3号墳

左に、3号墳・4号墳がある。


左 3号墳
右 2号墳

 箕谷2号墳
 東西12m・南北14mの円墳 復元高3.2m
 斜面の高い側に溝を掘って墳丘を画す。
 細長い無袖形の横穴式石室がある。
  全長8.6m、幅1.2m、高さ1.7mの横穴式石室が開口

発掘中の2号墳 (説明板から)
天井石はなくなっている。

側壁の最も下には、
 奥壁から大きな石材を4石続けて、
 その上に3段ほど石材を積んでいる。
表面の整った長方形の石を横積している。
床には、礫を敷いている。
 「戊辰年五月(中)」と刻まれた鉄刀が出土
  この太刀は、金メッキの金具がついた黒漆塗りの鞘に入っていて、
   柄には銀線に刻みを入れたものを巻いている。
   復元した刀身の長さは65cm、鞘は70cm、柄は15cm。
 銅の象嵌文字で彫られた「戊辰年五月(中)」とは、西暦608年ではないかといわれている。
   (668年という説もある。)
 ほぼ同じ形式の鉄刀が東山1号墳(豊岡市上鉢山)と文堂古墳(香美町寺河内)から出土している。
 ほかにも、金環などの装身具、須恵器、鉄鏃・馬具などの鉄製品など103点が出土し、
 この出土品103点は、国指定重要文化財となる
 金環が3点出土したことから、最低でも2人の埋葬者があったと推定されている。

墳丘 すぐ後ろに3号墳がある。

開口部

石室内部は、埋葬された当時の姿に復元!

奥壁は上半分が復元

天井石1枚分のスペースに天窓を作っているが、
 曇っていて中は見えない
特別製の強化ガラスだそうだが…

2号墳の北に3号墳がある。

 3号墳
 東西9.5m・南北13.5mの楕円墳。
 墳丘には外護列石が3重にめぐる。
   (盛土を3段に積んで、それぞれの段には石垣状の列石を並べている)
 長さ9.2m・幅1.2m・高さ1.4mの横穴式石室がある。

発掘中の3号墳 (説明板から)

列石がめぐっている。

墳丘

石室は埋められている…

2号墳・3号墳の西側に4号墳・5号墳がある。

 4号墳・5号墳
 4号墳は 直径7mほどの円墳
  長さ3.6m・幅0.8m・高さ0.7mの横穴式石室がある。

 5号墳は 直径6mほどの円墳
  長さ3.6mほどの横穴式石室がある。

4号墳・5号墳

小さな円墳が2つ並んでいる。

養父市HPに2号墳出土の復元された太刀が掲載されているが、とても立派なものだ。

大藪古墳群について 養父市大藪
(撮影日2018/12/1)

今回の大きな目的のひとつである大藪古墳群。
大藪集落の北西の丘陵斜面に分布している。
大きな横穴式石室がすばらしい!
養父市HPに、大藪古墳群の資料があるので、参考にさせていただいた。

 大藪古墳群は、6世紀後半〜7世紀前半にかけてつくられた古墳群
 東西2km、南北1kmの範囲に約150基の古墳が確認されている。
 養父地域の円山川に面した南斜面の丘陵地に位置していて、
  北に山、南前方には円山川、川の向こうには養父神社(但馬国三ノ宮)がある。
 大薮古墳群の大型古墳は、
  東からこうもり塚古墳・塚山古墳・禁裡塚古墳・西の岡古墳など4基の古墳がある。
  禁裡塚古墳⇒塚山古墳⇒西ノ岡古墳⇒こうもり塚古墳の順番で
    大型古墳が次々と作られたと推定されている。
 また横穴式石室をもつ中・小規模の古墳群として、
  東から小山支群・野塚支群・穴ヶ谷古墳群などがある。
 道林支群は古墳群石棺や木棺を埋葬施設とする5世紀後半〜6世紀前半の古墳群
 禁裡塚古墳・塚山古墳・西ノ岡古墳・こうもり塚古墳は、兵庫県指定文化財
 野塚支群19基・道林支群28基は 養父市指定史跡

大藪古墳群の配置図
古墳群の南の道路脇にある。

この地図だけで行き着くのは、
  かなり難しい…。

では、個別に紹介です。

西ノ岡古墳
県指定史跡
大藪古墳群
養父市大藪
(撮影日2018/12/1)

駐車できるところがなかなか見つからない。小川沿いの道端に駐車。
獣よけのフェンスを抜けて探す。
養父市HPによると、但馬の横穴式石室ランキングでは、第6位の規模の横穴式石室がある。
(兵庫県遺跡地図p22・690063)
 

 西ノ岡古墳は、改変されているが、直径25m程度の円墳と考えられている。
  墳丘の中心部に石室の中心部がある。
  山側に周溝がある。
  東に開口する両袖式の横穴式石室は、全長は13.6m、
   玄室は、長さ5.2m・奥壁幅2.5m・高さ3.0m  羨道部長さ8.3m・幅1.8m・高さ1.6m。
 7世紀初頭の築造と推定されている。

西ノ岡古墳 横穴式石室図
  (養父市HPから)

 天井が低くなっている特徴を除けば、塚山古墳の石室と同規模の石室。

墳丘
周りは畑だったらしいが、現在は耕作されていない。

石室開口部

羨道部から玄室を見る

玄室内部

奥壁から天井にかけて
奥壁は2石で2段、天井石も2石

玄室から外を見る

西ノ岡古墳の見学が終わったら、駐車場所まで戻る。

禁裡塚古墳
県指定史跡
大藪古墳群
養父市大藪
(撮影日2018/12/1)

手前に墓地があり、そこに駐車可能。
案内板はあるが、林の中でなかなか見つからない。
養父市HPによると、但馬の横穴式石室ランキングでは、第1位の規模の横穴式石室がある。
(兵庫県遺跡地図p22・690071)

 禁裡塚古墳(キンリヅカコフン)は  南北35m・東西32m・高さ9mの円墳
 両袖式の横穴式石室は、全長は13.9m
  玄室は長さ5.9m・幅2.7m(奥壁幅3.0m)・高さ3.6m 羨道は長さ7.9m・幅1.5m・高さ2.3m
  石室にはベンガラ成分をもつ赤い顔料が塗られている。
 6世紀後半の築造と推定されている。
 古墳の西側に近接して、裏塚古墳がある。
  周溝の中にあるので、陪塚のような性格を持つ古墳とみられている。

禁裡塚古墳 墳丘実測図 (養父市HPから)
墳丘の中心部に玄室がある。

禁裡塚古墳 石室図 (養父市HPから)

墳丘 
中央の木の後ろに開口部がある。

開口部
谷側の墳丘基底部からみると4mほど高い位置、
墳丘の中腹に石室が開いている。

玄室内部
壁には赤色顔料(ベンガラ)が塗られている

玄室から外を見る

玄門上から天井にかけて

羨道から外を見る  閉塞石が残っている。

なかなか見つからなかった…。迷子になりそう…

大藪古墳群・野塚支群
市指定史跡
養父市大藪
(撮影日2018/12/1)

襟裡塚古墳の手前の墓地から北へ。

野塚支群入口
獣よけのフェンスを越えていくと、
 すぐ野塚3号墳が見える。

3号墳は見学できたが、その他は古墳名が分からないので、
 HP「古墳とかアレ」様の番号に合わせることとしました。ご了承ください。

 大藪古墳群野塚支群は、禁裡塚古墳背後の斜面に築かれた約20基からなる支群
 3号墳が全長10m近い最大の石室規模を持ち、ほかは小規模な石室墳。
 1〜3号墳以外は、古墳名はわからず。
(兵庫県遺跡地図p22・690076-690095 野塚支群1号墳から20号墳)
 野塚3号墳
養父市HPによると、但馬の横穴式石室ランキングでは、第22位の規模の横穴式石室がある。
 無袖式の横穴式石室は 長さ8.9m・幅1.9m・高さ2.6m

墳丘

開口部

石室内部

石室内部から外を見る
 野塚支群その7

墳丘

石室内部

奥壁

玄室から外を見る 片袖式?
 野塚支群その8

墳丘

墳頂の石室跡は凹んでいる。
 野塚支群その15

墳丘

壊れた石室
 野塚支群その9

墳丘

開口部

石室内部

石室内部から外を見る
 野塚支群その14

墳丘

壊れた石室
 野塚支群その5

墳丘

開口部

石室内部

奥壁
 野塚支群その6

墳丘

開口部

石室内部 天井がない

1号墳・2号墳は、遊歩道から離れているので、見逃してしまった…
またまだ見学できる墳丘があるが、この辺であきらめて次へ…。

次のこうもり塚古墳に着いた時点で、日暮れが近く、薄暗く・・・・。
こうもり塚古墳と塚山古墳は、翌日もう一度見学したので、その時の写真も合わせて紹介する。

こうもり塚古墳
県指定史跡
大藪古墳群
養父市大藪
(撮影日2018/12/1・2)

道路脇にあり、駐車スペースもある。
養父市HPによると、但馬の横穴式石室ランキングでは、第14位の規模の横穴式石室がある。
(兵庫県遺跡地図p22・690129)

 こうもり塚古墳は 長辺28m、短辺23mの方墳と考えられている。
  山麓の平坦部につくられていて、外形はかなり変形している。
 周囲に四角形の溝をめぐらせている。
 横穴式石室は片袖式で、全長は12.55m
  玄室は、長さ7.1m・幅1.79m・高さ1.82m  羨道部長さ5.45m・幅1.51m
  奥壁は1石で、天井石は5石。
  玄室は細長いもので、奥壁の幅の4倍の長さになっている。
 7世紀前半の築造と推定されている。

石室図 (養父市HPから)
天井部では玄室と羨道が同じ高さで
 見上げ石がない。

墳丘は削られて天井石が露出している。

石室開口部

石室内部

石室内部から外を見る

露出した天井石

天井石の上には小さな荒神社がある。




こうもり塚古墳と塚山古墳の位置関係図
(HP大藪古墳群パンフから)

塚山古墳
県指定史跡
大藪古墳群
養父市大藪
(撮影日2018/12/1)

こうもり塚古墳の背後の丘陵斜面にある。
養父市HPによると、但馬の横穴式石室ランキングでは、第3位の規模の横穴式石室がある。
(兵庫県遺跡地図p22・690128)

 塚山古墳は、方形の基壇の上に作られた円墳
  方形の基壇は、南北・東西35m、そこに直径35mの円墳が2段築成で作られている
  墳丘の高さは、墳丘開口部にあたる東側で11m。
 基壇の周囲には、山側からコの字形に幅10m〜15mの谷地形があり、
  兆域(古墳を作るために用意された土地)と考えられていて、
   兆域は、南北60m、東西55mの方形となる。
 墳丘の中腹に開口している横穴式石室は、全長12.1mの両袖式
  玄室は、長さ4.82m・幅2.4m・高さ3.m6m、長さ4.8m
  羨道部は、長さ7.28m・幅1.47m・高さ1.8m
 6世紀後半の築造と推定されている。

墳丘実測図

石室実測図
(いずれも養父市HPから)

最初の日は、案内標識を確認。 暗い…

墳丘と説明板

石室開口部

羨道部から玄室を見る

玄室内部  奥壁は3段に積まれている
壁には赤色顔料が塗られている。

奥壁から天井にかけて
長さ4.8mある玄室の天井石が一枚の石

玄室から外を見る

羨道部から外を見る

すぐそばに、古墳状の高まりがある。
遺跡地図で調べたら、塚山古墳群は9号墳まであるらしいので、その中の1基と思われる。
(兵庫県遺跡地図p22・690130-690136 塚山古墳群3号墳から9号墳)


塚山古墳群の1基

塚山古墳群の1基から見た塚山古墳
まるでUFO!

兵庫県北部の旅・第一日目の宿泊は、豊岡駅近くのビジネスホテル「大開」。
6時前には、チェックイン。
食事は付いていないので、徒歩で駅前のショッピングセンターアイティに行き夕食。
明朝の朝食も準備してホテルに戻る。

二見谷古墳群へつづく

兵庫県のページ目次

目次トップへ