北村さんちの遺跡めぐり
更新日2012/8/28

滋賀県長浜市の横山古墳群と
古保利古墳群
2012/4/30〜5/1
  その1  横山古墳群 荒神山古墳

横山古墳群と古保利古墳群、どちらも最高所は300mを越える丘陵にある。
一日目は横山古墳群、二日目は古保利古墳群を縦断。

一日目
午前7時15分 自宅発   ガソリン給油後、美川ICから北陸自動車道へ
午前8時40分 滋賀県に入る。
午前8時48分 賤ヶ岳SAトイレ休憩 
午前8時56分 木の本IC
午前9時10分 セブンイレブンにて昼食準備。
午前9時31分 茶臼山古墳登り口に到着。

地図g

長浜市の横山丘陵 縦断
横山古墳群北部から横山城跡へ
長浜市東上坂町茶臼山ほか
 (撮影日2012/4/30)

長浜茶臼山古墳のあたりは、3度目の訪問となる。前回の長浜旅行記のページ

       横山古墳群配置図  (見学した古墳を中心に、いろいろな資料をもとに作成)


前方後円墳は
 山の鼻古墳 小倉古墳1号 小倉古墳2号 坂南古墳
前方後方墳は
 龍ヶ鼻古墳1号 龍ヶ鼻古墳2号 堂の前古墳1号 堂の前古墳3号
円墳は
 龍ヶ鼻古墳3号 堂の前古墳2号
方墳は
 龍ヶ鼻古墳4号 犬飼古墳

 文化財学習シートから
  横山古墳群は、長浜市東部の横山丘陵上に立地する48基以上の古墳からなる古墳群。
  姉川、小谷合戦の際に砦に改造されている。
  古墳群は築造された位置から横山北部古墳群と横山南部古墳群に分けられている。
  横山北部古墳群は、東上坂町龍ヶ鼻から石田町観音坂までを指し、
 茶臼山古墳群、堀部古墳群、大門古墳群がある。
  横山南部古墳群は、石田町観音坂から小一条町までで、
 八条山古墳群、鳥羽上山古墳群、名越古墳群、布勢古墳群、諸頭山古墳群がある。  

茶臼山古墳の上り口に駐車し、山を登り、横山城跡まで歩く。

 長浜茶臼山古墳    東上坂町
 全長92m前方後円墳、最大幅51m、高さ10m。
 長浜市最大の大きさを誇る。
 4世紀後半の築造か?
 円筒埴輪、土師器壺などが出土。  
 竪穴式石室か?



茶臼山古墳 測量図

(文化財学習シートから)

長浜茶臼山古墳 前方部から後円部を見る

長浜茶臼山古墳 後円部に立つ石碑

 龍ヶ鼻古墳群 垣籠町
 最大の古墳は龍ヶ鼻古墳(龍ヶ鼻1号墳)で、全長46mの前方後方墳
  最大幅12m、高さ1.5m。
 垣籠町の最高標高地(229m)に存在する。
 2号前方後方墳、 3号は円墳、 4号は方墳

 龍ヶ鼻古墳4号 (方墳)

 龍ヶ鼻古墳3号 (円墳)


3号墳側から見た龍ヶ鼻古墳2号 
  (前方後方墳)


1号墳側から見た龍ヶ鼻古墳2号
 


 2号墳側から見た 龍ヶ鼻古墳1号 


 龍ヶ鼻古墳1号の横姿  手前へ行くと小倉古墳。

    

 小倉古墳群   垣籠町
 1号・2号とも、前方後円墳
小倉古墳2号 後円部 
 
  向こう側に前方部


小倉古墳1号  後円部から前方部を見る


小倉古墳1号  前方部から後円部を見る

ここまでは前回も見学、この後は初めてとなる。

 堂の前古墳群   垣籠町
 1号と3号は前方後方墳  2号は円墳

堂の前古墳3号


堂の前古墳1号前方部 向こう側に後方部がある。


堂の前古墳1号 前方部から後方部を見る


堂の前古墳2号  きれいな円墳
本日見た中では、一番きれいな墳丘かも・・・・

堂の前古墳群のあたりには不思議な巨石がある。

  天神岩


天神岩 説明板

「天神さん飛来す」と
 淡海温故録に記されていて、
 飛天神といわれている。



天神岩 垣籠の集落から
天神さんが飛来するのが見えただろうか?


天神岩  方向を変えて(南から)
 舟岩
  古代文字が刻まれている。牛岩ともいう。

舟岩

方向を変えて 
古代文字は・・・わからない・・・。


天神岩から見下ろす垣籠古墳

霞んでいる。


   

 犬飼古墳   垣籠町
 「方墳 犬飼古墳」と刻まれた石碑がある。
 大きな石材が露出しているので、埋葬部は横穴式石室か?

犬飼古墳

石室跡か?

犬飼古墳のあたりにも古代文字刻石があるらしいが分からない。
犬飼古墳そばには、横山城跡の犬飼堀切がある。

山東町への切り通し古道の犬飼坂
  犬飼古墳のそばにある

古くから、垣籠町から山を越えて東の息長陵へ至る道がつくられている。







坂南古墳 (前方後円墳)
    前方部から後円部を見る



立派な案内板を設置したのは、垣籠町のボランティアクラブ「こまざらいの会」の皆さんで、
地元の横山古墳群の保全整備をなさっているそうだ。
垣籠町を過ぎ、案内板がなくなった・・・・。


北平古墳  (円墳)

北平古墳から梶原古墳にいく間には、ほかにも古墳らしい高まりがあるが・・・・。

 梶原古墳
 円墳2基(?)


梶原古墳群の一つ
鉄塔を設置したためか、木が切られている。

見晴らしがよいので、
  草むらに座り早目の昼食。
   午前11時40分ごろ

梶原古墳から見た
      息長陵と村居田古墳。

梶原古墳からは、
 山東町(現米原市)側を
  見晴らすことができる。
息長陵の手前の道のカーブから
 息長陵と村居田古墳をひっくるめて
一つの前方後円墳ではないかという説がある。

さらに南に進む。

資料には無いが、
「横山古墳」と刻まれた石碑がある。




 横山城跡 堀部町
 横山丘陵の最高所(標高312m)を中心に三方の尾根にY字状に遺構が配置されている。
主な施設は40ヶ所以上の曲輪で、いたるところに土塁・堀切・竪堀などの防御施設が設けられている
堅固で典型的な戦闘用の山城である。
この城は、当初京極氏の支城として築かれたといわれ、その後浅井氏の南進基地として役割を果たした。

 1570年の姉川合戦(織田氏と浅井氏の攻防)から、歴史の表舞台に登場する。
姉川合戦で、浅井氏から奪った横山城を預った秀吉は、その後何度かの浅井氏の攻撃にも負けず、
浅井氏滅亡の天正元年((1573年)まで、この城を守り通し、信長の背後を守った。
また、秀吉の、その後の活躍の足がかりとして、長浜城にも劣らぬ歴史的価値がある。
        (説明板抜粋)


横山丘陵最高所 標高312m 

横山城跡の石碑と説明板

 頂上の手前にある堀切

曲輪(郭)跡
城内で日常生活や戦いのために平たくつくられた
一つの区画で、濠や土塁で囲まれることが多い。


二重堀切跡
尾根や台地を空堀で二重に切断し
敵の侵入を妨げるためにつくられたもの。


虎口(コクチ)跡
城の出入口

、案内板によると、ここから先(南)には「展望台」があって、石田町へ下りる道があるらしいので、行ってみる。


展望台に行く途中に見つけた古墳

前方後円墳か?

名前は分からない。

このあたりで、山中で初めて、ハイキング中の男性と出会う。
「展望台」は東屋などがある広場で、建物跡のような所だったが、展望はよくない。なぜ「展望台」なのか?
展望台から石田町に下りる道は、工事中で通行止め。
仕方がないので、少し戻り、車が通れる山道に出て、
 くねくねと道なりに北に向い、堀部町のため池(堀部溜)のあたりで、山を下りる。(長かった・・・・)

ため池から、駐車した茶臼山古墳まで、北上しなければならない。

ため池のすぐ北には「岩田山古墳」があるらしいが、山にはいる道が、みつからず断念。
岩田山の西麓の八幡神社に古墳マークがあるので、探してみる。

八幡神社

鳥居の横に高まりがあるが・・・・特定できない。

横山城跡から八幡神社まで、もたもたと1時間半くらいかかってしまった。はぁ・・・午後1時45分
八幡神社の近くには以前見学した西塚古墳や北山塚古墳がある。


八幡神社から見た北山塚古墳




北山塚古墳のすぐ北に古墳のような山があるのだけれど、
これは何?


堀部町から、保多町、垣籠町へと北上。
道草しながら・・・・


ツリガネスイセン
道端に咲く 

保多町 臥龍山念力寺
長浜市保存指定樹木 イブキ

丸子山古墳群は、西の麓から上る。

 丸子山古墳群 垣籠・保多町
 10〜15mの円墳4基
 麓から上にかけて4〜1号

丸子山古墳4号

丸子山古墳3号


丸子山古墳2号


丸子山古墳1号

総山古墳群は、西の麓から上る。

 総山古墳群
 円墳3基
 総山1号墳はオサキ山古墳で、他に比べると、大きめの円墳。
 麓から上にかけて3〜1号。
 横穴式石室墳。(滋賀県遺跡地図)

総山古墳3号

総山古墳2号


総山古墳1号(オサキ山) 手前から


総山古墳1号 墳丘上から



垣籠古墳がある両岐王宮(フタマタオウノミヤ)







垣籠町の集落には、「こまざらいの会」が設置した説明板が立つ。

・・・・・・・
ようやく、駐車した所に戻る。
茶臼山古墳の西麓に古墳マークがある。

「西山古墳(円墳)」という案内板があるが、
墳丘は見あたらない。


背後の山に茶臼山古墳がある。


車に乗り、横山丘陵の西麓を南下。

丸岡塚古墳(堀部町)

東側の道路から写す。

横山古墳群最後の1枚。



午後3時過ぎ、横山古墳群の見学を終え、彦根市の荒神山へ向かう。

荒神山古墳
平成23年2月に 国指定

彦根市日夏町
 (撮影日2012/4/30)

山頂まで、車で登れると聞き、ナビにセットしたら、車では登れないような道をナビされて、
結局 通りがかりの男性にきいて車道を登る。


荒神山展望台からの眺望

目の前に琵琶湖がある。
天気が良ければどんなに素晴らしかったか・・・


荒神山神社社務所で、荒神山古墳のパンフレットがもらえる。

荒神山神社


結構人々が訪れている。

古墳は神社横の脇道を下りたところにある。
荒神山古墳は
彦根市域の西方、琵琶湖岸に近い湖東平野にそびえる標高284.1mの(比高差約200m)荒神山の山頂から、
北へ150m下った尾根頂部に築かれた前方後円墳で、標高278m。ごく最近の調査により、その存在が明らかとなった。
前方部を琵琶湖に向け、後円部を山頂側におき、荒神山の尾根を整形して作られていて、琵琶湖を意識した築造となっている。

荒神山古墳実測図

全長124mの前方後円墳、後円部径80m
瓢箪山古墳に次ぐ、滋賀県下第2の規模。
前方部)・後円部)とも3段築成
墳頂部と各段のテラスに埴輪列があった。
各段のテラスには、約1.1mの間隔で埴輪を巡らしている。
  円筒埴輪・朝顔形埴輪・壺形埴輪・形象埴輪(家形・きぬがさ形・ゆぎ形など)。
葺石あり 
後円部の墳頂平坦面に盗掘坑とみられるくぼみがあり、
周囲に石材が散乱していることから竪穴式石室の可能性が考えられるが、未調査である。
4世紀末の築造と推定されている。
平成15〜19年にかけて4度の発掘調査。

 荒神山は、これまで古墳時代後期の群集墳が山中に散在することは知られていたが、
古墳時代前期の荒神山古墳については、平成15年からの発掘調査により確認され、
平成16年度に市指定史跡、平成23年2月に国指定史跡になった。
        (彦根市の文化財・滋賀県文化財学習シートから)



荒神山古墳 後円部側
向こう側に前方部がある。

後円部の墳頂には
  盗掘坑らしい大きな窪みがある。

荒神山古墳 後円部(前方部から見る)

荒神山古墳前方部(くびれ部あたりから見る)

荒神山古墳 後円部脇から前方部を見る
  くびれ部がくっきり!

荒神山古墳 前方部脇から後円部を見る
 

荒神山古墳 前方部から後円部を見る

荒神山古墳 前方部先端の葺石

午後5時を過ぎ、雨も降って来たので、宿に向かう。
長浜市の「ビジネスホテルいずみ」、久しぶりに和室。
夕食は、近くの「なか卯」で質素に・・・・・。
ホテルの隣に、石川県の寿司屋があるのにびっくり!

翌日 2012/5/1 は古保利古墳群に登る。

その2につづく

滋賀県の遺跡のトップへ

トップページ