北村さんちの遺跡めぐり
更新日2009/4/28

関西二泊三日の旅
その6 大津市・草津市・高島市
撮影日2008/11/27


京都府から
宇治東ICから京滋バイパスに入り、石山ICで下りる。
滋賀県に入る。

滋賀県の古墳見学はこれまでも大部分、HP「古墳のお部屋」さんを参考にさせていただいているが、
やはりHP「古墳のお部屋」さんで見た大津市の国分大塚古墳。
「新幹線と名神高速の間の住宅街の中に保存されていますが道が入り込んでいて非常に分かりにくい。」
とあり、場所が分かりにくそうだったのでどうしようかなと思っていたところ、
「滋賀県の歴史散歩(山川出版社)」の新版に詳しい地図が載っていたので、探してみる。
見つかった!
地図g
 国分大塚古墳

滋賀県大津市国分1丁目
 (撮影日2008/11/27)

宅地開発で削られ石室の周辺しか残っていないようだ。
柵があり扉には鍵がかけられて、中に入ることが出来ない。

国分大塚古墳は 全長45mの前方後円墳。南西に前方部を向ける。
 後円部径32m・くびれ部幅19m・前方部幅28m
 周濠がある
 後円部と前方部にそれぞれ1基づつ横穴式石室がある。
 後円部の横穴式石室は全長6.6m
   玄室の長さ4.4m・奥壁幅2.2m・羨道寄りの幅2.15m・高さ1.6m以上
   羨道の長さ2.2m以上・幅1.5m
 前方部の横穴式石室は
   玄室の長さ2.9m・幅1.2〜1.6m・高さ0.9m以上
   羨道は不明


国分大塚古墳実測図(説明板から)
石室のところだけ残り、周りは住宅に囲まれている。
とても「大塚」とはいえない状態


国分大塚古墳の現状
石室が柵の向こうに見える。
 

国分大塚古墳
左側 後円部 右 前方部
 

前方部石室
穴があいているのでカメラを近づけて写真を撮ってみたが
中は写っていなかった。

後円部の石室は柵の中に入らないと見えない。残念!

 若松神社境内古墳

滋賀県大津市大江1丁目
 (撮影日2008/11/27)

この古墳はHP「古墳のお部屋」さんの
「国道1号を東に行き瀬田川を渡って800m程、国道と新幹線の 間に若松神社があります。」
の文章をたよりに地図で若松神社を探し、場所が特定できた古墳。



若松神社正面

かなり立派な神社


境内を探すが、分からなくて、掃除している男性に尋ね、ようやく分かった。
神社鳥居の西側の広場の向こうに石室と陶棺が保存されている。


若松神社境内古墳は中央の茂みの裏にある。

若松神社境内古墳石室
石室の真ん中に陶棺が置かれている。

石室の陶棺(当然レプリカだよね)
そのうしろには大きな奥壁の石がある。

奥壁の石を外側から見る。

説明板がなく、詳しいことは分からない。

実は以前(2006年10月)、「若松神社」という名を頼りに探して、大宮若松神社に行ってしまったことがあった。
大宮若松神社は草津市にあるが、たまたまここにも古墳があった。
大宮若松神社古墳のページ

2007年11月、栗東市の出土文化財センターでもらった
「草津市・栗東市の遺跡散歩マップ」に掲載されている南笠古墳に行く。
AM11:30  南笠古墳群 着

 南笠古墳群

滋賀県草津市南笠町
 (撮影日2008/11/27)

小さな前方後円墳が2つ並んでいる。少し離れて、円墳が1つ。

南笠古墳群は南笠集落の北方、十善寺川および猿川が形成した沖積地を望む微高地にあり、
現在前方後円墳2基と半壊状の円墳1基が残る。

1号墳全長27.5mの前方後円墳
 後円部径18.5m・高さ3.5m 前方部幅16m・高さ1.75m
 2段築成 埴輪あり
 主体部は未調査

2号墳全長30mの前方後円墳
 後円部径21m・高さ4m 前方部幅15.5m・高さ2.25m
 埴輪あり
1・2号墳は同じような形をしているのでどちらが先に築造されたかは分からない。
前方後円墳の形状、墳丘や墳丘周囲の溝状遺構から出土した埴輪片、西南にある円墳から出土した須恵器から
5世紀後半〜末ころの築造と推定されている。

3号墳円墳で、2号墳の西50mのところにある。
5世紀末の須恵器の杯が出土している。墳丘は土取りなどで損壊している。


南笠古墳1・2号墳 実測図
(説明板から)

南笠1号墳(右)と2号墳
南から

奥・南笠1号墳 手前・2号墳
西から

2号墳

2号墳墳丘の神社

3号墳の円墳

1821(文政4)年に編纂された「栗太志」によると
2基の前方後円墳を含めた22基が群集している古墳群であるとなっている。

「草津市・栗東市の遺跡散歩マップ」には「追分古墳」というのもある。
 追分古墳は、径38m・高さ2.5mの円墳。(野上神社境内地に墳丘がある。)
          5〜7mの周濠があり、粘土槨が確認された。
          鉄鏃・銅鏃・円筒埴輪などが出土
 追分北古墳は 径15m・高さ1.5m以上の円墳。木棺直葬

近江大橋近くのコンビニでトイレ休憩の後、近江大橋を渡る。
琵琶湖ホテルそばの「餃子の王将皇子山店(大津市皇子ヶ丘3丁目)」にて中華飯と餃子の昼食

2008年5月 百穴古墳を見たときに穴太野添古墳群も見学しようとしたが
  あの時は百穴古墳のすごさに圧倒されて、もういいや、と思ってしまった。
位置もよく分かっていなかったせいもある。
最近、図書館で滋賀県の地図を見ていたら、穴太野添古墳群が掲載されていたので、それをたよりに行ってみる。
PM 1:00 穴太野添古墳群 着

 穴太野添古墳群

滋賀県大津市穴太
 (撮影日2008/11/27)

昭和44年、県道工事の前に、7基の古墳を発掘調査、昭和54年の分布調査で、152基の古墳が確認された。
昭和61・62年、墓地拡張工事の前に17基の古墳を発掘調査。

穴太野添古墳群配置図
(説明版から)

すべてが円墳
内部主体は1基を覗いて横穴式石室  31号墳は小石室

12号墳
発掘時、天井石は1石しかなかったが
 奥壁から羨門までほとんど残っていた。

12号墳は両袖式横穴式石室で、
   玄室幅2.1m・長さ2.8m、羨道幅1.3m・長さ4.2m
6世紀終末〜7世紀の築造と推定されている。

手前・11号墳
奥・13号墳

15号墳
石室は見えない
16号墳
発掘時、玄室の天井石はなくなっていたが、
         羨道の天井石が残っていた。
床面には敷石がある。
棺台とみられる40cm四方の石が3個置かれていた。
16号墳は両袖式横穴式石室で、
 玄室幅2.1m・長さ3.1m、
 羨道1.1〜1.4m・長さ6m・高さ1.5m
17号墳


17号墳の墳頂に穴があいている!
穴にカメラを突っ込んで写して見ると ↓

17号墳石室が見えた!
花火の燃えカスがある。

穴太野添古墳群、 
 持ち送り技法を使った横穴式石室ミニチュア炊飯具の出土から渡来系の氏族の墳墓といわれている。

 春日山古墳群
国指定史跡

滋賀県大津市堅田・衣川
 (撮影日2008/11/27)

この古墳の名は有名で、地図には名前が載っているが、山の中のような気がして、いけないと思っていた。
「滋賀県の歴史散歩(山川出版社)」の新版に詳しい地図が載っていたので、それをたよりに行ってみた。
道端に駐車。
妙法寺手前の道にかすれて字が読めなくなった「春日山古墳群」の木製の説明板。
次に、はっきりと字が読める立派な金属製の説明板。
妙法寺と岡入溜池の間の山道の奥にある。
山道で出会った男性には、「見に行ってもよくわからんよ」と言われたが、かまわず進む。
以前に宅地開発を業者が試みて、失敗したとかで、その名残の石垣が残っている。
(中世の城の石垣の跡かと思ってしまった。)

春日山古墳群 14時着。

春日山古墳群配置図   (説明板から)

堅田平野に面した丘陵上に築かれている。
5世紀代に築かれた前方後円墳の春日山古墳と
6世紀中ごろから7世紀初頭にかけて築かれた
  223基の後期群集墳で構成されている。

春日山古墳は全長65mの前方後円墳
2号墳径30m・高さ3.5mの円墳
19号墳径29.6m・高さ4.5mの円墳

1号墳箱形棺
20号墳木棺直葬
他の古墳はすべて横穴式石室となっている。



春日山古墳実測図(説明板から)

全長65mの前方後円墳
後円部径32m・高さ6m
前方部長さ25.4m・幅20m・高さ3.5m
段築なし 埴輪なし 葺石なし 周堀なし
5世紀中葉の築造と推定されている。

春日山古墳
後円部から前方部

春日山古墳
前方部から後円部



春日山古墳の墳裾にある古墳
石室の石材が露出か?

   

セブンイレブン大津本堅田5丁目店にてトイレ休憩と飲み物購入

 音羽古墳群

滋賀県高島市音羽
 (撮影日2008/11/27)

2008年5月には、高島変電所の南側の道から探しに行き、古墳公園が見つからなかった。
HP「古墳とかアレ」さんに詳しい地図が載っていたので、それをたよりに探した。
高島変電所を通り過ぎ、その北の集落にある大炊神社の西側の道から林の中に入り、道なりに行く。
露出した石室みたいな石がごろごろ。

これらが全部古墳だとすると100基くらいあるのではないか?

しかし古墳公園は見当たらない。
少し戻って、西側に小川(せせらぎ)。飛び石の橋を渡ったところに案内板。
すれ違った男性にたずね、その奥にあることを確認。
道の突き当たりみたいなところでやっと古墳公園が見つかる。
音羽古墳公園 15時到着!

 音羽古墳公園


石穴支群
と呼ばれている。

古墳時代後期の群集墳
 8号墳

8号墳


石室は、全長6.5m
 玄室長3m・幅1.5m

7世紀初頭の築造と推定されている。
 10号墳  
 石室は、全長8m以上 玄室長4m・幅2m 玄室内には棺台がある。
  石室内から多くの土器と鉄器が出土
 6世紀末〜7世紀初頭の築造と推定されている。

10号墳石室

10号墳・石室の棺台
 16号墳
墳丘付きの横穴式石室が保存されている。 天井部は復元

16号墳全景
 

16号墳石室内部
奥壁の大きな石が印象的

音羽古墳公園として整備されているところ以外に、多くの古墳がごろごろしている。
ハイキングするつもりで探したらおもしろいのだろうね。

高島市の地図g

 胞衣塚

滋賀県高島市三尾
 (撮影日2008/11/27)

鴨稲荷山古墳から北に行き川を渡ったあたりの、道路西側に小さな墳丘。
胞衣塚 16時着。


胞衣塚


説明版には
 ”継体天皇は高島の地に誕生され、その母・振姫がお産のあと
天皇の「へその緒」を埋めたのが、この胞衣塚だと伝える”とある。

安曇川町三尾里集落の南端に位置し、平野部に構築された古墳としては貴重なものとされる。
直径11.5mの円墳。高さは2.4m
6世紀頃の築造と推定されている。

塚の上の松を「御殿(ゴンデン)の松」といい、南に流れる川を御殿川(ゴンデンガワ)という。
付近の小字名を「上御殿(カミゴンデン)」「下御殿(シモゴンデン)」という。

この一帯には、大きな屋敷があったのではと考えられている。

PM4:30  道の駅「追坂峠」にてトイレ休憩
PM5:06  福井まで65kmの案内板を見る。
       2004年11月、敦賀の向井出山古墳群を見学したときに、工事中のトンネルを間近で見たが、
        「小河(オゴウ)トンネル」として開通、敦賀市の渋滞がなくなっている。
PM7:00  福井市コパにてカレーライスの夕食(1780円)
PM8:40  自宅に帰り着く。 走行距離約700km

関西二泊三日の旅   おわり


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