北村さんちの遺跡めぐり
更新日2010/11/28

熱田神宮参拝と遺跡めぐり
その1
撮影日2010/10/2〜3

熱田神宮を目指して、出発

AM 6:20 自宅発 徳光ICから北陸自動車道
AM 8:00 神田PA 休憩 
AM 8:45 一宮JCTから 名古屋高速      高速料金は、1250円
AM 8:58 東新町IC 名古屋高速出る      高速料金は、 530円

周辺の地図g

  八幡山古墳
国指定史跡 
 名古屋市昭和区山脇町一丁目
撮影日2010/10/2

AM 9:10 八幡山古墳着
鶴舞公園の東側に大きな墳丘がある。

空から見た八幡山古墳
  (説明板から)

戦前、墳丘から埴輪が採集されているが、戦災で失われた。
第二次世界大戦中、陸軍により高射砲陣地が造られ、
周囲の樹木は切られ頭頂部が削られた。
戦後名古屋市により整形・植林され、現在に至るので、 築造当時の姿とは違う。
正式に発掘されていないため詳細は不明。
  

八幡山古墳 配置図
  (説明板から)

鶴舞公園の東南隅の御器所台地にある。
径82m・高さ10mの円墳 東海地方最大

八幡神社の祠が頭頂部にあったために、八幡山と呼ばれる。


   

八幡山古墳全景

大きすぎて全体がなかなか撮れない。

   

八幡山古墳の周壕
幅10mの周濠が巡る。
外提は道路になっているが、よく残っている。

白と赤の彼岸花がとてもきれいに咲いている。
八幡山古墳の北に隣接して一本松古墳があって、古墳群をつくっていたと考えられている。

  熱田神宮  愛知県名古屋市熱田区神宮
撮影日2010/10/2

AM 9:40 熱田神宮着
熱田神宮の大鳥居

祭神は熱田大神(アツタノオオカミ)
神体は三種の神器の一つである草薙剣(クサナギノツルギ)



熱田神宮 拝殿
日本武尊が東国平定の帰りに尾張に滞在した時、
 尾張国造・乎止与命(オトヨノミコト)の娘・宮簀媛命(ミヤスヒメノミコト)と結婚し、
草薙剣を妃の手許へ留め置いた。
 日本武尊が伊勢国能褒野で亡くなると、
宮簀媛命は熱田に社地を定め、剣を奉斎鎮守したのが始まりといわれる。
 そのため、三種の神器のうち草薙剣は熱田に置かれるようになり、
伊勢神宮に次ぐ権威のある神社として栄えることとなった。


大楠
弘法大師お手植えともいわれている。
樹齢は1000年以上。


境内には楠が多く、特に大きな楠7本を7本楠と呼ぶ。


    

  白鳥古墳
国指定史跡
 名古屋市熱田区白鳥
撮影日2010/10/2

熱田神宮の西300m、法持寺のすぐ隣にある。

法持寺
新しい感じだが、立派なお寺。
このあたりはたくさんお寺があるようだ。

後ろに見える森が白鳥古墳


白鳥古墳の現状
樹木が多くなかなか墳丘は確認できない

白鳥古墳は、かなり墳形が崩れているが
全長74mの前方後円墳
6世紀初頭の築造と推定されている。
墳丘には須恵質の円筒埴輪がめぐっていた。
2段築成で、周壕があったといわれているが現在確認できない。

白鳥古墳
 正面

日本武尊が白鳥となって熱田の宮に舞い降りた地であるところから
白鳥御陵と名づけられたといわれる。(年代が合わないけど)
天保8年(1837年)の台風の時、陵上の樹が倒れて内部の石室が露出したという記録がある。
副葬品が法持寺の僧侶の手によって一旦取り出されたが、埋め戻されたという。

  断夫山古墳
国指定史跡
 名古屋市熱田区旗屋二丁目
撮影日2010/10/2

熱田神宮北の熱田神宮公園内にある。墳丘の整備をしている。
東海地方最大の前方後円墳。

断夫山古墳 後円部北側から

大きすぎて全体は撮れない。

断夫山古墳
前方部先端隅よりくびれ部を眺める


古墳の周囲には石垣で組まれた周濠があるが、
現在のものは第二次大戦後に造られたもので、元はどうだったのかは不明。



西側くびれ部にある
方形の造り出し


須恵器などが出土、祭事の場と考えられている。




断夫山古墳実測図
断夫山古墳
は、名古屋台地が伊勢湾に突き出した先端部に所在する
全長 151mの前方後円墳
 後円部径 80m・高さ 13m 前方部幅 116m・高さ 16.2m
後円部は三段築成 二段目の傾斜面に土師質の円筒埴輪がめぐる
河原石の葺石あり
北西のくびれ部に方形の「造り出し」があり、須恵器などが出土(祭事の場か)
古墳の内部構造は未調査で不明。
円筒埴輪・須恵器片・子持坏片が出土。

6世紀初頭の築造と推定されている。


断夫山古墳
前方部墳丘 西側から




日本武尊の妃・宮簀媛(ミヤズヒメ)の墓と伝えられるが、年代が合わず
オホド王(後の継体天皇)の妻・目子媛(メノコヒメ)の親・尾張連草香(オワリノムラジクサカ)の墓と考えられている。

断夫山古墳後円部の北側に熱田公園管理事務所があり、そこで断夫山古墳の資料がもらえる。

  高蔵古墳群
高蔵遺跡
 名古屋市熱田区高蔵町
撮影日2010/10/2

断夫山古墳の北東500mの高座結御子神社とその隣・高蔵公園付近にも古墳がある。

高座結御子神社(タカクラムスビミコジンジャ)
子育ての神として信仰を集めている。

熱田神宮の摂社
織田信長が本殿を造営したと伝えられている。




   

高蔵貝塚
1908年(明治41年)、土器の出土をきっかけとして発掘、
土器や貝層などを確認した。

2007年(平成19年)までの調査で、
弥生時代から古墳時代・鎌倉時代までの遺構・遺物を確認し、
高蔵遺跡と名づけられている。

弥生時代では、環濠集落や方形周溝墓の跡多数
古墳時代では、竪穴式住居跡(5世紀頃)、
  多くの小型方墳(5世紀後半〜6世紀前半・墳丘削平・周壕確認)
  複数の円墳(6世紀後半・高座結御子神社周囲に確認)。
遺跡全体から、
 石器・彩文土器(弥生時代中期)、龍文鏡(破鏡)
  ・須恵器・埴輪(円筒・家型など各種)
が出土している。

末社 高座稲荷社 
太閤秀吉が幼い頃
母に手を引かれてお参りしたという言い伝えから
「太閤出世稲荷」と称されている。






高蔵
3号墳

未調査。
稲荷社の隣にある径約20mの円墳

唯一原型をとどめていると考えられる。


高蔵古墳群
明治41年の記録では神社を取り囲むように7基の円墳があったとされる。
原型を留めて現存するのは1基のみ。
副葬品から6世紀後半の築造と推定されている。

高蔵1号墳は、唯一発掘調査された
径16〜18m・高さ2〜2.5mの円墳(横穴式石室)だが、調査後、消滅。


その他の墳丘? その1

高座結御子神社の鳥居横





その他の墳丘? その2
  高蔵公園内 


熱田神宮に駐車し、徒歩で、白鳥古墳・断夫山古墳・高蔵古墳群を見学。
ちょうど お昼になった。
清洲城のそばを通って稲沢市へ。
ユニー本部が隣接するユニーアピタ稲沢店内・中華食堂で昼食。

  稲沢大塚古墳
市指定史跡
 稲沢市大塚南一丁目
撮影日2010/10/2

PM 1:45 稲沢大塚古墳 到着
稲沢大塚古墳は、稲沢市大塚南一丁目の性海寺にあり、歴史公園となっている。

稲沢大塚古墳
南側から


稲沢大塚古墳は  径40m・高さ5mの円墳
幅7m、深さ1mの周溝がめぐっていた。
現在の墳丘上層部は鎌倉時代の盛土で、別の目的で使用されていた。
出土した円筒埴輪・形象埴輪(蓋形埴輪)から、古墳時代中頃の築造と推定されている。

稲沢大塚古墳
西側から






稲沢大塚古墳の墳頂から性海寺を見る。

性海寺(ショウカイジ)は、空海によって創建されたと伝えられる。
国の重文などもあるりっぱな寺で、
 6月には『あじさい祭り』が開かれている。
  

  国府宮
尾張大国霊神社
 稲沢市国府宮
撮影日2010/10/2

  

PM 2:25 国府宮着

一般には国府宮(コウノミヤ)と呼ばれているが、正式には尾張大国霊神社(オワリオオクニタマジンジャ)という。
尾張国府の創始とともに創建され、尾張国の総社となった。

尾張大国霊神社の大鳥居




尾張大国霊神社
ずっ〜と長く広い参道


楼門前から




尾張大国霊神社・楼門
国重要文化財足利時代初期の建造

建築様式は本殿、渡殿、祭文殿、廻廊、拝殿、楼門と並ぶもので「尾張式」といわれる。

尾張大国霊神社・拝殿
国重要文化財江戸時代初期の建築
本殿に接する位置に
原始的な祭祀様式である
「磐境(イワクラ)」(自然石を5個円形に並べたもの)
がある。

    

  味美古墳群  春日井市二子町
撮影日2010/10/2

PM 3:20 二子山公園着

味美古墳群
春日井市味美の二子山公園にある3基の古墳
 味美二子山古墳・味美白山神社古墳・御旅所古墳
春日山公園にある 味美春日山古墳
がある。
ほかにもドンドン塚と呼ばれた前方後円墳や6基の円墳もあったが、消滅した。

二子山公園の航空写真
 (ハニワの館 説明板から)
左下  味美二子山古墳
中央上 御旅所古墳
右下  味美白山神社古墳

上が西となる。着
公園内には『ハニワの館』があるが経費節減のためか、ものすごく暑くで長居はできない。
すこし埴輪が展示されているが詳しい説明はない。

味美二子山古墳
国指定史跡
味美古墳群
 春日井市二子町 二子山公園内
撮影日2010/10/2



味美二子山古墳
大きな看板の左側が 前方部前面
右側奥が後円部
樹木におおわれている。


味美二子山古墳実測図
(説明板から)
全長96mの前方後円墳
断夫山古墳と相似形で、今城塚古墳の半分の大きさ
2段築成
北東側に造出がある。 
盾型の周濠がある。その外側にも周壕がある。

6世紀初頭の築造と推定されている。

形象埴輪(馬形・人物・水鳥形)および円筒埴輪片が出土
盗掘もあったそうだが埋葬施設は不明となっている。


二子山古墳から出土したという馬形埴輪

はにわの館内に展示してある。




味美二子山古墳後円部
盾形周濠もほぼ完存
  

味美白山神社古墳
県指定史跡
味美古墳群
 春日井市二子町  二子山公園内
撮影日2010/10/2

古墳全体が白山神社の社地で、社殿が置かれている。

味美白山神社古墳
南から
左側の前方部から上がり
後円部に社殿が建てられている。


白山神社古墳は  全長86mの前方後円墳
 後円部径48m・高さ6.5m 前方部幅48m・長さ48m・高さ5m
くびれ部幅は30m
両側に扇形の造出がある 馬蹄型の周濠が残存している
前方部(神社の参道)側の一部は区切られて池として利用されている
墳丘には葺石が残存している。
墳丘北西部のテラス面で円筒埴輪5・6基おきに朝顔型埴輪を挟んだ埴輪列を確認
主体部は未調査。
周濠から円筒埴輪・形象埴輪(家型・人物)や須恵器が出土
出土品や墳丘の形状から、5世紀末〜6世紀初頭の築造と推定されている。

味美白山神社古墳 周壕跡






白山神社(古墳の墳丘)に上る階段




階段両脇には、周壕を利用した池がある。




白山神社 拝殿
この奥に本殿がある。

本殿下の石積みに小さな捨て猫がいて、ニャーニャーと泣く。
助けてくれと言わんばかりに追いかけてくる。
かわいそうだけれど、どうにもならず、逃げ帰ってきた。



西側の道路から東に長く続く
白山神社参道



    

御旅所古墳
県指定史跡
味美古墳群
 春日井市二子町
二子山公園内

撮影日2010/10/22

二子山公園の一角にある。
白山神社(味美白山神社古墳)の西南約80mにある。

御旅所古墳
径31m・高さ2.9mの円墳
公園整備の時の調査で、円筒埴輪列を確認
形象埴輪や高坏形器台(須恵器)も出土
2断築成で周壕もあったと考えられるが正確には不明。
発掘は行なわれておらず主体部は不明。

御旅所古墳 墳頂部

墳丘の上部が削られ、小さな祠がある。

墳丘の周りには玉垣や階段が設置されている。


味美春日山古墳
味美古墳群
 春日井市二子町
撮影日2010/10/2

白山神社から県道102号を挟んで西約300mにある。春日山公園となっている。
白山神社の御旅所であったが、道路事情で寛永年間に現在の御旅所古墳に移された。

味美春日山古墳
北側から
形はかなり崩れている。

史跡指定などを受けなかったこともあって、
墳丘上には通路や藤棚、くびれ部南側には滑り台が設置されている。


味美春日山古墳
後円部頂




味美春日山古墳は主軸は北西50°で、
全長74mの前方後円墳
 後円部径38m・高さ6m 前方部幅43m・長さ37m・高さ4.5m
くびれ部幅は30m
くびれ部の北側に造り出しがある。盾型の周濠があった可能性がある
正式な発掘調査なし。 遺物なし
前方部の発達状態から古墳群では最後に築造された前方後円墳と考えられている。


味美春日山古墳

後円部から前方部を見る

前方部にはたくさんの神様の名が書かれた石碑と
春日山弁財天の小さな社がある。
お参りすれば全ての神様のご利益がある!
「春日山から巨石が掘り出され、白山神社の鳥居前の記念碑の台石に利用されている」
「春日山の上にある巨石も掘り出されたもの」「掘るとすぐに巨石にあたる」という記録が残っている。


白山神社の鳥居前の記念碑の台石に利用されているという
春日山から掘り出された巨石


白山神社の二の鳥居の横にある。
  

  高御堂古墳
市指定史跡
 春日井市堀ノ内町5丁目・高御堂公園
撮影日2010/10/2

PM 5:00 高御堂古墳着

公園になっている。

高御堂古墳全景
西から

右 後方部
昭和26年に市指定史跡になったときは、5世紀中頃の前方後円墳とされていたが、
近年になり、前方後方墳と確認された。

高御堂古墳は、
全長63mの前方後方墳 後方部の幅36m・高さ5m 前方部の幅22m・高さ2.5m
後方部3段築成
各段に赤い壺形埴輪を数m間隔で配列
葺石あり  周壕あり(幅6m前後)
竪穴式石槨は長軸4.2m・短軸0.9mで、天井石はなくなっていて、、副葬品の有無は不明。
4世紀後半の築造と推定されている。


高御堂古墳 周壕跡
右奥 後方部
北側から見た様子



近くの神領町には有名な神領銅鐸出土地がある。

  大留荒子古墳  春日井市大留町
撮影日2010/10/2

PM 5:15 荒子公園着

1988年(昭和63年)に発掘調査、
翌年、内津川沿いにある荒子公園に、築造当時の状態に近づけるという形で復元された。


大留荒子古墳





大留荒子古墳
石室開口部

大留荒子古墳
は、庄内川の河岸段丘(標高約28メートル)に位置する
径10m・高さ2.5mの円墳


大留荒子古墳
石室内部
全長6mの両袖型横穴式石室は、玄室長3m 羨道が2.4m 奥壁幅1.5m
庄内川の河原石(長径40cm前後)を使用した  乱石積みの持ち送り積み
発掘時にはすでに天井石が石室内に落下。
横瓮形長頸瓶1・提瓶1・高坏2・金環4・直刀1・鉄鏃若干が出土。
7世紀前半の築造と推定されている。
周辺には、親王塚古墳や天王山古墳など複数の古墳があるが、明日見学することとする。

PM 6:10 今夜の宿である豊山町のホテルエアーラインに到着
夕食は 歩いて行ける「エアポートウォーク名古屋(アピタ名古屋空港店)にて。
   お土産も調達

明日もいい天気でありますように・・・・・

熱田神宮参拝と遺跡めぐりその2につづく


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