北村さんちの遺跡めぐり
更新日2025/12/27

千葉県旅行記
その10
2025/4/20~4/27

2025/4/26   7日目、龍角寺古墳群の主要古墳を見学して、公津原(コウヅハラ)古墳群へ。

お昼になったが、どこで食べようかな?

公津原古墳群
国史跡 龍角寺古墳群・岩屋古墳
成田市上福田
見学日2025/4/26

成田ニュータウンができる前は、110基を超える古墳があったそうだが、
  現在は39基が住宅の合間に残されている。
北から八代台(ヤツシロダイ)古墳群、天王・船塚(テンノウフナヅカ)古墳群、瓢塚(ヒサゴヅカ)古墳群の支群に分かれている。
西に外れたところには、公津原39号墳がある。
北から見学。
八代台古墳群が保存されている外小代(ソトコダイ)公園に駐車場があるので、とりあえず駐車して、徒歩で見学。

公津原古墳群の地図g  (赤いプロットが見学できた古墳)

 八代台古墳群 (公津原22~38号墳)  公津原古墳群の支群
 成田ニュータウン北端の成田市玉造地区にある古墳群
  現在は前方後円墳1基・円墳14基・方墳2基がある。
  外小代公園に、30~38号墳
  その南西の道路沿いや住宅の間に22~29号墳がある。
 公津原36号墳
  径14.5mの円墳 高さ1m
 公津原35号墳
  径12mの円墳 高さ1.5m
 公津原34号墳
  径13.5mの円墳 高さ1.5m
 公津原33号墳
  径12mの円墳 高さ1.5m
 公津原32号墳
  径12mの円墳 高さ1m
 公津原37号墳
  一辺12.5mの方墳 高さ1m
 公津原31号墳
  径12mの円墳 高さ1.5m
 公津原30号墳
  径10mの円墳 高さ1m
 公津原38号墳
  全長23mの前方後円墳 高さ2m 前方部を南西に向けている。

38号墳 後円部から前方部を見る

38号墳 前方部から後円部を見る
 公津原27号墳
  径14mの円墳 高さ2.5m
 公津原28号墳
  径14.5mの円墳 高さ2m
 公津原29号墳
  径9mの円墳 高さ1m
 公津原26号墳
  径10mの円墳 高さ1.7m
 公津原25号墳
  径9mの円墳 高さ2m
 22・23・24号墳は見学していない。

外小代公園の駐車場に戻り、車に乗り、コメダ珈琲店成田ニュータウン店で昼食。
このすぐ東には、船塚古墳がある。
天王塚古墳は、東にある吾妻(アヅマ)神社に駐車スペースがある。
船塚古墳のある赤坂公園には、駐車場がある。
吾妻小学校周辺の古墳は、見学できていない。

 天王塚・船塚古墳群   (公津原8~21号墳)  公津原古墳群の支群
 成田市吾妻地区周辺にある古墳群
 現在は前方後円墳2基・前方後方墳(長方形墳)1基・円墳11基がある。

 
赤坂公園に8号墳(船塚古墳)と9号墳がある。
 吾妻小学校周辺に10~20号墳
 吾妻神社の西隣に21号墳(天王塚古墳)
 船塚古墳(公津原8号墳) 
 全長85mの前方後方墳(長方形墳)
  くびれ部かなと思える部分もあるような気がするけど……
   前方部を北東に向ける
 3段築成  周溝がある。
 大量の埴輪片が採集されているので、埴輪が墳丘上をめぐっていたと考えられている
 石棺があったとも伝わっているが、発掘調査はされていないので、詳細不明
 6世紀前半の築造と推定されている。

案内板は長方形墳となっている 前方部側

後方部から前方部を見る

前方部から後方部を見る

周溝

前方部斜め後方から後方部を見る
 公津原9号墳
  径13mの円墳 高さ2m
 天王塚古墳 (公津原21号墳)
  全長63mの前方後円墳 高さ4m 
 発掘調査はされていないので、詳細不明
 前方部に八坂神社、後円部に浅間神社がある。

浅間神社入口  南東側(後円部側)

後円部上の浅間神社

後円部から前方部を見る

前方部上の八坂神社(牛頭天王社)

前方部から後円部を見る

前方部上の八坂神社への入口  北西側

瓢塚古墳群は成田ニュータウンのビル群の間や向谷津児童公園に残されているが
   駐車場がないので、瓢塚古墳の周辺だけ公園脇に路駐して急いで撮影。

 瓢塚古墳群(公津原1~7号墳)  公津原古墳群の支群
 現在は前方後円墳1基・方墳2基・円墳3基
 瓢塚古墳 (公津原3号墳)
  全長65mの前方後円墳 高さ3m

全景

瓢塚古墳 後円部脇から前方部を見る

瓢塚古墳 後円部から前方部を見る

後円部斜め後ろから前方部を見る    周溝跡が美しい
 公津原1号墳
  径25mの円墳 高さ2m
 公津原2号墳
  径23mの円墳 高さ2m

瓢塚古墳の西約1kmの麻賀多(マカタ)神社境内に、公津原39号墳がある。神社の駐車場あり。

 伝 伊都許利命(デンイツコリノミコト)墳墓
         (公津原39号墳)
  市史跡    成田市船形
 東西35m・南北36mの方墳 高さ5m
 凝灰質系軟質砂岩の切石積みによる横穴式石室(南側裾部)と
 絹雲母片岩の板石の組み合わせ石棺の2基がある。
 「先代旧事本紀(センダイクジホンギ)」の中の「国造本紀(クニノミヤツコホンギ)」に見える
  「印波国伊都許利命」の墳墓と伝えられている。

伝伊都許利命墳墓
    測量図


      (説明板から)

伊都許利神社(イツコリジンジャ)として
古墳そのものを信仰の対象としている
4世紀に国造として民を教導され、
 殖産農耕を振興して
 麻賀多神社を創建された。
      (説明板から)

「出土品 鉄製太刀、鏃、金環、鎧片等」
  と書かれた標柱もある。

古墳出土石という石材

石棺が祀られている

墳丘

上り口

墳頂の説明板と
初代印波国造伊都許利命墳墓碑

南の道路からの古墳登り口
式内社・麻賀多神社
  (成田市指定文化財)

平安時代に編修された「延喜式」の
「新名帳」に記載されている由緒ある神社
麻賀多神社は
 成田市台方区とここ船形区の2社
  台方社は稚産霊(ワカムスビ)神
  船形社は奥の宮で稚日霊(ワカヒルメ)神
  を祀る      (説明板から)

  

上人塚古墳
市史跡
佐倉市小篠塚
見学日2025/4/26

麻賀多神社の南西約10km、佐倉市の古墳見学。

佐倉市付近の地図g

 上人塚古墳は 1辺22.6m・高さ3.5mの方墳
 北側と東側の一部分が削平されている。
 未調査のため詳細不明、
 7世紀代(古墳時代終末期)の築造と推定されている
 鹿島川北岸の、標高32mほどの台地縁辺に位置する
 この古墳の南西側には、径8mほどの円墳がある。

雑草でよく分からない……

墳丘測量図   (分布調査報告書から)

    

セブンイレブン佐倉神門店にて休憩。
午後4時となる。

上代権現谷1号墳 佐倉市上代
見学日2025/4/26

上代の集落内に、神社となっている。

 上代権現谷(カミダイゴンゲンヤ)1号墳は 径約10m・高さ約3mの円墳
  墳丘上に熊野神社の社殿が建つ
 墳頂の熊野神社は道路と反対側を向いていて、出羽三山振興の石碑だけが道路側を向いている。

北の道路から見る

墳頂の熊野神社

出羽三山の石碑

墳頂から南裾を見下ろすと赤い鳥居がある。

    

鏑木諏訪尾余1号墳 佐倉市鏑木町字諏訪尾余
見学日2025/4/26

老人施設の敷地内にあるので、見れないだろうと思っていたが、見れた
邪魔になりそうなので、慌てて退散。

 鏑木諏訪尾余(カブラギスワビヨ)1号墳は  直径約16m・高さ約1.5mの円墳
 墳頂部に浅間神社が建つ

墳丘はあまり高さがないので
 見逃してしまいそうだ。

  

並木1号墳 佐倉市並木町
見学日2025/4/26

小さいけれど、前方後円墳だという。佐倉市役所の近く。

 並木1号墳は  全長13m・高さ3mの前方後円墳
 前方部は削平されているという。
 墳頂は 高丘稲荷神社となる。
 発掘調査が行われていないので、詳細不明。
 鹿島川東岸の台地上に立地 

扁額「高丘稲荷神社」

南西から見る

墳頂の稲荷神社

東側に前方部か

    

山崎ひょうたん塚古墳
市史跡
佐倉市下根
見学日2025/4/26

並木1号墳の北約1km。

 山崎ひょうたん塚古墳は  全長37mの前方後円墳
  後円部径25m・高さ7.4m、前方部高さ3m
 前方部の一部が崩落しているため不明瞭だが、
  築造時には40mを超す大きな古墳であったと考えられている。
 未調査であるため内部施設や副葬品については不明
 立地条件や前方部が低く形態が未発達であるという特徴から、
  古墳時代前期の築造と推定されている。         (佐倉市HPから)

後円部側 左奥に前方部

後円部脇から前方部を見る

山崎ひょうたん塚古墳 横から全景 右に後円部

墳丘測量図   (分布調査報告書から)


ファミリーマート佐倉王子台店にて休憩

根上神社古墳
市史跡
八千代市村上南1-15-1
見学日2025/4/26

八千代市。ジョイフル本田の建物の間に残されている。

八千代市付近の地図g

 根上神社古墳(ネノカミジンジャコフン)は  全長50mの前方後円墳  市内最大規模
  後円部径35m・高さ3.5m、前方部幅32m・高さ2.5m
  後円部を北に向ける
 本格的な発掘調査が行われていないので、詳細不明
 全体の形が、「最後の前方後円墳」と言われている浅間山古墳(龍角寺111号墳)と似ていること
  前方部の部分調査で6世紀の終わりごろの特徴をもつ土器が出土したことなどから
  6世紀末~7世紀の築造と推定されている。
 標高約25m、新川東岸の台地上に立地している。
 前方部と後円部の一部が削られて、根上神社の社殿が建てられている 



実測図
   (説明板から)


平成10年、平成12年度に
  後円部の部分的な発掘調査

根上神社古墳 後円部から前方部を見る

前方部から後円部を見る

前方部墳頂 石碑が多数

くびれ部を削って社殿が建てられている

根上神社 鳥居には「根上大神」の扁額がある

   

七百餘所神社古墳
市史跡
八千代市村上
見学日2025/4/26

根上神社古墳の北約1.2km。七百餘所神社境内。
午後6時過ぎていて、実は真っ暗……

 七百餘所神社古墳(シチヒャクヨショジンジャコフン)は  直径21m・高さ3mの円墳
 周溝がある。
 周溝は古墳時代前期(3世紀~4世紀)の竪穴建物の跡が埋まった土を掘り込んでいて、
  古墳の形態・規模からも古墳時代中期から後期の築造と考えられている。
 市の中央部、新川東側の標高約24m上に所在している。
 令和2年に調査    (説明板から)


七百餘所神社古墳測量図
  (説明板から)

円墳でーす!
前方後円墳かと思った……

七百餘所神社古墳

近寄ると結構デコボコしている。

七百餘所神社古墳 中腹に石祠

鳥居と参道

七百餘所神社境内社
 多数の神社が合祀されている

七百餘所神社境内社の一つ  古墳かも?

     

七百餘所神社から、ホテルまで7、8km、夕食のレストランはみつかるか?……無かった……
ホテルの南側にあるスーパーマーケット「ナリタヤ印旛日本医大前店」で
  売れ残りのお弁当を買い、 「東横INN印旛日本医大駅前」(印西市舞姫)の部屋で夕食。
宿泊最終日の夜は豪華な食事の夢はかなわなかった……


岩戸古墳 (印西市)  につづく 

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