北村さんちの遺跡めぐり
更新日2026/1/17
| 千葉県旅行記 その9 |
2025/4/20~4/27 | |
2025/4/27 8日目、最終日となる。
昼過ぎには、帰途につかなければならない。

東横INN印旛日本医大駅前
バイキングの朝食
「東横INN印旛日本医大駅前」(印西市)を、8時前に出発
ホテル近くの岩戸古墳から
| 岩戸古墳 | 印西市岩戸 見学日2025/4/26 |
ホテルの西約2.5km、リサイクル会社の入口脇にある。説明板は見当たらない。
| 岩戸古墳は 現状で直径約20mの円墳。 墳丘上に石碑や石仏が並ぶ。 北60mにPスペース |
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![]() 全景 |
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![]() 方向を変えて見る |
![]() 墳頂には多数の石仏や石碑が並んでいる |
| 竜腹寺古墳群 | 印西市岩戸 見学日2025/4/26 |
県道65号線の竜腹寺の道路沿いに約200mほど離れて2基の古墳がある。
| 竜腹寺1号古墳 直径18mの円墳 (塚の可能性もあると書かれている資料もある。)
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| 竜腹寺2号古墳 詳細不明 横に塚だといわれている高まりがある。 その塚と合わせると前方後円墳のように見える
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地名は「竜腹寺」、お寺の名前は「龍腹寺」。
| 駒形大塚 | 印西市小林 見学日2025/4/26 |
駒形グラウンドの奥に保存されている
インターネット上に「千葉県印西市駒形古墳の測量調査」という論文が公開されていたので参考にさせていただいた。

小林馬場集会所 大きな蛙の置物
この前を通り過ぎたところに保存されている。
| 駒形大塚古墳は 現状は全長19.4mの前方後円墳 後円部径15m・高さ1.7m 前方部の遺存長さ4.4m・最大幅は11m 前方部の東端はグラウンドのフェンスで改変されている可能性がある 前方部は真東に向く 2023年に測量調査 ![]() 測量図 (論文から) |
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![]() 駒形大塚古墳 前方部から後円部を見る |
![]() 横から見る 右に後円部 |
![]() 後円部から前方部を見る 背後がグラウンド |
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駒形大塚古墳のほかに、もう1基前方後円墳があるらしい。
資料には
印西市の古墳は総じて小規模で総数59基
前方後円墳9基、円墳43基、方墳2基、不明5基が確認されている(2011年現在)
地域の盟主墳と見られるのが46mの道作1号墳
となっている。
| 道作古墳群 市史跡 |
印西市小林 見学日2025/4/26 |
古墳公園として整備されている。
説明板あり。駐車場あり。
インターネット上に「道作1号墳現地説明会資料(H30/7/21)が公開されているので参考にさせていただいた。
道作古墳群は 前方後円墳7基、円墳14基、方墳1基の計22基から構成されている。![]() 現地説明板 (H19/3 現在)
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道作2号墳 全長36mの前方後円墳
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| 道作3号墳 全長30.5mの前方後円墳 下総形円筒埴輪が出土
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道作4号墳 径11mの円墳![]() コロンとかわいい墳丘 |
| 道作5号墳 推定15mの前方後円墳 周溝がある。
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道作5号墳の前方部の先に墳丘がある 詳細不明![]() |
| 道作6号墳 全長37mの前方後円墳 周溝がある 鉄斧が出土
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道作7号墳 円墳![]() |
道作8号墳 円墳![]() |
道作9号墳 円墳![]() |
道作10号墳 円墳![]() |
道作11号墳 前方後円墳
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道作12号墳 前方後円墳
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道作13号墳 円墳
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![]()
セブンイレブン印西市大森店にて休憩
| 上宿古墳 市史跡 |
印西市大森 見学日2025/4/26 |
印西市役所の西約300mの個人宅に横穴式石室が保存されている。
家主の方が外にいらっしゃったので挨拶して見学。
| 上宿古墳は 個人宅敷地の北西隅に、東西5.5m、南北3.8m、高さ1.2mの墳丘が残っている。 著しく変形しており、現在の墳丘の外形からは円墳、方墳、前方後円墳か判断できない。 主軸を南北にとり南に開口している石室は、玄室全長2.84m、 奥壁幅2.08m、前壁幅1.42m、高さは奥壁で2.20m、前壁も2.20m 石壁の構築はすべて貝化石を含む砂岩の切石を使用している。 奥壁(北側)は二段、側壁は東壁、西壁は八段合計26個の切石を使用している。 玄門は板状の切石を鳥居状に組んでマグサ石式に乗せており、 下は扁平な切石を敷いてカマチ石としている。 天井は同じ貝化石を含む3枚の岩石を使用している。 人骨のほか須恵器や鉄器が出土。 7世紀後半~8世紀初頭の築造と推定されている。 (説明板から) |
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![]() 上宿古墳は この竹林の先にある |
![]() 説明板の右に開口している |
![]() 石室入口 |
![]() 高さは2.2mもある |
![]() 石材は みそ岩屋古墳・上福田岩屋古墳と同じ |
![]() 上宿古墳石室測量図 分布調査報告書から |
| 浦部古墳 | 印西市浦部 見学日2025/4/26 |
上宿古墳の西約2km。大六天神社になっていて、駐車場もある。
案内板はあるが「古墳」とは書かれていない。
案内板
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| 浦部古墳は 全長約28m、高さ約2mの前方後円墳 墳丘上に大六天神社がある。 |
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![]() 浦部古墳 大六天神社への参道 |
![]() 鳥居には「大六天神社」の扁額がある。 |
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![]() 前方部から後円部を見る |
![]() 後円部の大六天神社 |
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![]() 後円部から前方部を見る |
![]() 浦部古墳 後円部側 |
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![]() 手賀沼干拓発祥の地の碑 台座は石室材? |
![]() 小手君頌徳碑 |
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![]() 高松宮殿下お手植えの松 |
![]() 駐車場側(南)から見た浦部古墳 |
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| 北ノ作1・2号墳 | 柏市片山 見学日2025/4/27 |
手賀沼湖畔霊園の奥にあるので、駐車場の心配はしなくていい。
重要な古墳なのだが、現地は雑草が繁茂していて、なかなか形が確認できない。
令和7年3月設置の説明板があるが、よく撮れなかったので載せない。
説明板の中に「関連情報QRコード」があり、読み込むとHPにつながるという最先端の機能がある。
| 北ノ作1・2号墳は 昭和30年代の手賀沼の干拓工事に先立ち早稲田大学が 平成6年に県指定に伴い千葉県文化財センターが調査。 ともに前方後方墳だ。 ![]() 地形測量図 (分布調査報告書から) 1号墳は 全長21.5mの前方後方墳 後方部15~16×18m 前方部長さ6m 墳頂部の粘土槨1基から、鉄刀 鉄剣、ヤリガンナ、鉄斧、鉄鏃、銅鏃、が出土 周溝内から出土した土器には、東海系の流れを含むものも見つかる。 3世紀後半の築造と推定されている 2号墳は 全長33.5mの前方後方墳 後方部19~19.5m 2基の粘土槨から、管玉3が出土。 4世紀前半の築造と推定されている |
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![]() 古墳群入口 手前は墓地 |
![]() 入口にある案内表示 |
![]() 北ノ作1号墳 右手前に前方部 |
![]() 北ノ作2号墳 前方部 左に後方部 |
![]() 北ノ作2号墳 後方部墳頂 |
![]() 北ノ作2号墳 後方部 |
| 切返シ古墳 | 柏市泉 見学日2025/4/27 |
三叉路に残されている半壊の古墳
| 切返シ古墳は 直径10m・高さ2.5mの半円状の盛り上がりがある。 | |
![]() 北側からのぼる階段がある |
![]() 墳頂部には石碑がたくさん置かれている |
![]() 右(南西側)は ばっさり削られているようだ。 |
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| 香取神社古墳 | 我孫子市高野山 見学日2025/4/27 |
手賀沼の北岸、我孫子市。
香取神社の南側のふもとから登り口がある。
以前はジャングルになっていたが整理されて登れるようになった。
登り口の向かいにある会社が休日のようだったので、そこに駐車させてもらい、階段を上がる

香取神社 登り口
「手賀沼ふれあいライン」の道路に面している
写真右下は「香取神社」石碑
その後ろには、樹齢500年といわれる大銀杏
その左後ろに香取神社 参道の階段がある。

登った所に
香取神社の鳥居 扁額は「香取大社」
参道左に香取神社古墳群1号墳
| 香取神社古墳は 3基確認されている 1号墳は鳥居の奥の参道の西側にあり、一辺26mの方墳。 参道の東側は2号墳で、径16mの円墳。 そこから少し東にある3号墳は、小円墳で小祠がある。 |
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![]() 香取神社古墳群1号墳 |
![]() 1号墳 方向を変えて見る |
![]() 1号墳 墳裾 |
![]() 1号墳墳頂から墳裾を見下ろす |
![]() 香取神社古墳群2号墳 |
![]() 2号墳 墳頂部 |
3号墳は見なかった。
| 水神山古墳 県史跡 |
我孫子市高野山 見学日2025/4/27 |
香取神社の東約100m、行き方は、「房総の古墳を歩く」の中に書かれている通りに行く。
南西側から古墳に行くが、古墳北側に説明板がある。
| 水神山古墳は 全長69mの前方後円墳 、 後円部径36m・後円部高さ5m 前方部幅33m前方部高さ2.5m 周溝幅6m 後円部頂に長さ5.13m・直径0.7mの割竹型木棺を ローム土で包んだ粘土槨(長さ7.2m・幅0.9m)が埋葬されていた。 棺内から、朱、ガラス小玉280、ガラス管玉1、滑石製管玉1、刀子2、針数本が出土 前方部墳頂から出土した土師器壺数点は祭祀用か 4世紀末~5世紀初頭の土師器で、 それまでにはすでに水神山古墳がきずかれていた可能性がある 手賀沼を見下ろす高台先端、標高約20mの台地縁辺部に立地する。 |
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![]() 水神山古墳西側入口 |
![]() 水神山古墳 後円部側 |
![]() 水神山古墳 後円部墳頂平坦部 |
水神山古墳 後円部から前方部を見る |
![]() 水神山古墳 前方部から後円部を見る |
![]() 水神山古墳 前方部裾から後円部を見る |
![]() 水神山古墳 横から見る 左に後円部 |
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![]() 墳丘測量図 (分布調査報告書から) |
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| 子の神古墳群 市史跡 |
我孫子市寿2丁目 見学日2025/4/27 |
香取神社の北西約700m。
| 子の神(ネノカミ)古墳群は 東西に長い我孫子の台地のほぼ中央部に位置し、 南に手賀沼を望む台地上にある。。 もとは13基の円墳と1基の前方後円墳で構成。現在は4基の円墳と前方後円墳1基が残る。 人物埴輪、朝顔形埴輪、円筒埴輪、馬形埴輪が出土 6世紀の築造と推定されている。。 1958~1962年(昭和33年~37年)、1979~1994年(昭和54~平成6年)に発掘調査。 14号墳(前方後円墳)は「子之神大黒天」の奥に 8号墳・9号墳(円墳)は、島久別荘跡 4号墳・5号墳(円墳)は、寿古墳公園に保存されている。 |
「子之神大黒天」の奥にある前方後円墳「子の神古墳群14号墳」を見学。
14号墳脇に、古墳群の説明板がある。
| 子の神古墳群14号墳 前方後円墳 | |
![]() 子之神大黒天「山門」 |
![]() 子之神大黒天 この裏に14号墳がある |
![]() 14号墳 左奥が後円部 |
![]() 14号墳 後円部 手前に前方部 |
![]() 14号墳 後円部から前方部を見る |
![]() 14号墳 前方部から後円部を見る |
![]() 延寿院大師堂38番札所 子の神古墳群14号墳の前方部側 右に後円部 |
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![]()
イオンモール柏店にて、昼食とお土産調達!
旅の最後に、もう1基見学。
| 弁天古墳 出土品が柏市指定有形文化財 |
柏市布施 見学日2025/4/27 |
弁天古墳は、紅龍山東海寺の南側にある。柏市。
| 弁天古墳は、全長約35mの北面する前方後円墳 高さは、後円部約3.5m、前方部約2.0mと推定されている。 周溝などの外部施設は確認されていない。 墳丘は、独立丘陵を利用して、地山を削りだして基部を形づくり、 これに盛土を行うことによって築造されている。 後円部の墳頂部西寄りに、木棺直葬施設が確認されている。 柏市指定文化財となった石枕・立花をはじめ、 石製模造品斧、石製模造品刀子、臼玉、鉄製刀子、鉄剣が出土 滑石製模造品の形態や組み合わせ、石枕の形態などから 古墳時代中期の5世紀第2四半期を中心とした時期の築造と推定されている。 利根川(古鬼怒川)の氾濫により下総台地から切断された独立丘陵を利用して築造されている。 (柏市HPから) |
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![]() 弁天古墳前方部側(北) 妙見さんとなっている |
![]() 弁天古墳 前方部から後円部を見る |
![]() 弁天古墳 くびれ部から後円部を見る |
![]() 弁天古墳 後円部に建つ妙見菩薩のお堂 |
![]() 弁天古墳 後円部から前方部を見る |
弁天古墳 前方部上の石祠などの石造物 |
![]() 墳丘測量図 (分布調査報告書から) |
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| 紅龍山布施弁天東海寺 | |
| 「布施の弁天さま」として親しまれている 大同2年(西暦807年)に 弘法大師空海御作といわれる弁財天像をご本尊(秘仏)として開山された祈願寺。 平成18年には本堂・楼門・鐘楼が千葉県重要文化財の指定を受けた。 |
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![]() 楼門 |
![]() 本堂 |
![]() 三重塔 |
![]() 鐘楼 |
![]()
午後2時20分、 ㈱湯浅セルフ柏花野井にてガソリン給油して帰ります……
柏ICから いろいろな高速道路を乗り継いで、
(嵐山PA・藤岡JCT・東部湯の丸SAを通り)
6時16分 上越JCTから北陸自動車道へ。
有磯海SAで夕食
白山ICから一般道 なんと高速料金は ジャスト10000円
セブンイレブンで買い物をして、9時10分 帰宅
富津市の「弁天山古墳」に始まり、柏市の「弁天古墳」で終わった千葉県だった!!
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終わり