北村さんちの遺跡めぐり
更新日2006/6/19

群馬県の古墳へ  2006/4/17

昨日はずいぶん道に迷ったので、昨夜は、方向音痴ではない夫がじっくり地図を見て調べていたから、今日は大丈夫だ。
午後には帰途に着かなければいけないので、集中して古墳があるところということで
前橋総社古墳群と大室古墳群を選んだ。

前橋市大友町のホテルを8時半に出発。すぐ近くの総社に向かう。

前橋市周辺の地図g

 前橋総社古墳群

群馬県前橋市総社町
 (撮影日2006/4/17)

前橋総社古墳群配置図

総社古墳群とその周辺の古墳の築造順

遠見山 前方後円墳 全長80m 竪穴式石室 5世紀末  
王山古墳 前方後円墳 全長90m 横穴式石室 6世紀前半 積石塚
総社二子山 前方後円墳 全長90m 横穴式石室 6世紀後半〜終末 石室2基
愛宕山 方墳 一辺56m 横穴式石室 7世紀前半  
宝塔山 方墳 一辺54m 横穴式石室 7世紀中ごろ 仏教の影響
蛇穴山 方墳 一辺40m 横穴式石室 7世紀後半 仏教の影響

古墳の形(案内板から)

王山古墳 総社二子山古墳 宝塔山古墳 蛇穴山

 宝塔山古墳
総社古墳群
国指定史跡

群馬県前橋市総社町
 (撮影日2006/4/17)

天台宗光厳寺の境内に宝塔山古墳がある。


天台宗光厳寺

総社領主秋元氏の菩提寺
秋元氏は慶長6(1601)年関が原の戦功により総社領六千石を与えられ、
その後30年間この地を治めた。
甲州(山梨県)転封してからも悪政に苦しむ総社領民を物心両面から援助した。
宝塔山古墳は一辺が54mの方墳(東部分は削られて49m)。
高さ11mで3段築成
7世紀中ごろの築造

宝塔山古墳上り口

光厳寺山門と総社小学校の間にある。



墳頂平坦部にある総社領主秋元氏の墓地

写真は初代(長朝)と2代(泰朝)の墓





南に開口している横穴式石室

石を丁寧に加工して組み合わせてある。



石室内部

玄室・前室・羨道に分かれている。
玄室奥壁幅2.9m・長さ3.32m・高さ2.09m
前室幅1.95m・長さ3.9m
羨道幅1.77m・長さ3.56m
玄室入り口に玄門がある。

玄室にある家形石棺

仏教の影響を受けたと思われる削り込み(格狭間)がある。
壁には漆喰を塗ったあとがある。









宝塔山古墳石室前に置いてあった石
    

 蛇穴山古墳
総社古墳群
国指定史跡

群馬県前橋市総社町
 (撮影日2006/4/17)

宝塔山の東、総社小学校の南にある。


蛇穴山古墳全景
高さが低いので宝塔山ほど立派には見えない。


一辺40mの方墳
古墳時代の終末期
葺石があり、石材加工のすばらしい横穴式石室がある



切石積みの立派な横穴式石室入り口







石室内部

玄室長さ3.0m・幅2.6m
蛇穴山という名前は、
 江戸時代に石室内に祀られた
 宇賀神の「ウ」を表す梵字が蛇に似ていることから
 ついたといわれている。

 総社二子山古墳
総社古墳群
国指定史跡

群馬県前橋市総社町
 (撮影日2006/4/17)

宝塔山古墳の北西400mくらいのところにある。
総社古墳群では一番大きい古墳。
周囲を民家に囲まれているのでそばまで行かないと見えない。


二子山古墳登り口

後円部北側



全長90mの前方後円墳
後円部径44m・前方部幅61m
前方部が大きく張り出している。
周囲には堀がめぐっていた。
6世紀後半〜終末の築造と推定されている。


前方部から後円部を見る

前方部が大きいことがわかる。






前方部の横穴式石室

崩れそうなので立ち入り禁止。

柵の中に入って写真だけ撮った。


前方部石室内部

自然石を積んだもので、全長8.6m・玄室長4.2m・幅2.1m。





後円部石室
こちらは崩れてしまっている。
立ち入り禁止。
石室は榛名山二ツ岳から噴出したと考えられる安山岩を加工して作られている。
大きさは全長約8.6m・玄室長約7m。


石室はどちらも江戸時代に開口していた。
石材などから前方部の石室がやや古く、6世紀末に築造されたと推定されている。

 総社愛宕山古墳
総社古墳群

群馬県前橋市総社町
 (撮影日2006/4/17)

二子山から南東200mほどのところにある。


愛宕山古墳全景(西側から)

一辺56m・高さ8.5mの二段築成の方墳
約18mの周堀がめぐっていた。
7世紀第二四半期の築造
首長墓が方墳に変わる時期、
大和政権との関わりにより社会変化が起こる時期に作られた。
現状は雑木林。正式な調査はされていない



お墓の向こうに見える石室開口部(南面)


横穴式石室も林の中に埋もれそう。




石室開口部

両袖型横穴式石室で
玄室長6.91m・奥壁幅2.94m・高さ2.91m
安山岩を加工して積まれている。


石室内部


中には入れない。
ガラス越しなので、よく見えない。
玄室奥壁寄り中央に刳抜式家形石棺が安置されている。


      

 遠見山古墳
総社古墳群

群馬県前橋市総社町
 (撮影日2006/4/17)

南側からは入る道が無く、北側へぐるっと回り、公民館の後ろから入る。


遠見山古墳前方部
(西側)

全体の写真は撮れない。

全長80mほどの前方後円墳
前方部が低く、埴輪片が多数出土している。
6世紀初頭の築造
後円部の中ほどは土取りされ少し低くなっているが、葺石が多く見られ、周堀は幅10〜20m確認されている。
1604年(慶長9)総社城築造のとき、遠見のための櫓が設置されていたことからこの名が付けられた。

 王山古墳
おうやまこふん

群馬県前橋市石倉町
 (撮影日2006/4/17)

蛇穴山古墳の南東1kmの利根川わきにある。
大室公園に行こうとしてたまたま通りかかった。


王山公園正面

ここは後円部(南側)、後に前方部がある。



6世紀代に作られた全長約90mの前方後円墳
墳丘は多数の川原石でおおわれており、後円部の基段上の墳丘は全て川原石で構成されている。
積石塚といわれるもので全国的にも珍しい。
主体部は後円部に両袖型の横穴式石室で、石室全長16.4m、玄室長4.4m、羨道長12m
石室全長は県内最長。
墳丘から円筒埴輪・太刀などの形象埴輪が出土。
石室は盗掘されており、歯2個・辻金具の破片数個が出土しただけ。
群馬県の初期古墳の様相を示す。

王山古墳(東から)

左(南)後円部・右前方部
だいぶ破壊されていたが
現在は公園として残る。


王山古墳石室ではなく

貼り石を保存しているもの

堅くガードされている。
     

時間は午前10時40分、今から西大室地区にある大室公園に行く。
午後1時ごろには帰途につかなければいけない。急いで向かう。

関東の旅大室古墳群につづく

群馬県の遺跡トップへ

トップページ