北村さんちの遺跡めぐり
更新日2010/4/23
福井県越前市・鯖江市の古墳
越前市(旧武生市)の平地にある独立丘陵に古墳があるというのが以前から気になっていた。
高い山ではないと思いながら、なかなか行けなかったが、ようやく見学に行く事とした。
茶臼山古墳群 |
越前市(旧武生市)広瀬町 撮影日2010/3/20 |
茶臼山の東側の集落の白山神社の奥の妙行寺の横の坂道を登ると
登りきったところが観音堂で、日蓮上人銅像などもある。
そこから雑木林を南に行くと南峰(茶臼山・標高135m)につく。
ここには大きな円墳がある。
茶臼山1号墳に行く道
1号墳は大きすぎて写真は撮れない
南峰山頂にある。
径50m・高さ8mの円墳
群中最大
葺石あり
2段築成
周りにはいくつか円墳が確認できる。
2号墳は 一辺17m・高さ2mの方墳(未発掘のため詳細は不明)。
来た道を観音堂まで戻り更に北に進む。
ここは遊歩道が整備されている。
北峰(金毘羅山・標高106m)山頂に茶臼山金毘羅神社がある。
茶臼山金毘羅神社
その周辺にも古墳がある。
茶臼山金毘羅神社前に置かれた石仏
茶臼山1・2号墳の説明板はこわれ神社の裏に置かれていた。
(茶臼山1号墳は南峰の古墳のはずなのに北峰に説明板がある?意図不明)
「石室墳」(何号墳か書かれていない)の説明板も倒れていた。
北峰の古墳その1 |
北峰の古墳その2 |
北峰の古墳その3・石室墳 |
石室墳の石室内部 |
北峰の古墳その4 |
北峰の古墳その5 |
北峰から降りる遊歩道を行くと
「茶臼山ふるさと小公園」に着き
ここに「茶臼山古墳群」の小さな説明板がある。
「茶臼山は標高南峰135m・北峰106m・長さ南北850mで、
山全体をほとんど覆うようにして古墳がありその数は百数十基といわれている。
北群山頂付近には数々の円墳が観察でき、横穴式石室が1基残っている。
南群山頂部の円墳は2段築成で葺石を持ち径40m以上あり、古墳群中最大のものと考えられている。
平成10〜11年の南端の発掘調査で横穴式石室を持つ円墳や横穴墓・須恵器窯跡などが確認された。
太刀や馬具・耳環などの金属製品や高杯・平瓶などの須恵器が出土
古墳時代後期以降を中心とした群集墳と思われる。」
などと書かれている。
岡本山古墳群 |
越前市(旧武生市)岡本町 撮影日2010/3/20 |
茶臼山の北、岡本山にも古墳がある。
南麓の白山神社横から上る。
岡本山登り口の白山神社
登りきったところにある展望台 岡本山の真ん中あたりか 展望台というが景色はよくない。 |
展望台奥の建物に安置された石仏 |
展望台を過ぎ北に進むと北端に古墳。
円墳かとも思えるが前方後円墳とのことである。
岡本山古墳 前方部から後円部をみる 墳頂には小さな石造りの社がある。 |
後円部から前方部をみる |
西側の大通りから見あげる岡本山古墳
船山古墳群 |
越前市(旧武生市)北山町 撮影日2010/3/20 |
岡本山の北の船山にも古墳がある。
北麓の工場の横に小さな案内板がある。
ふもとに駐車して徒歩で上ったが、この山は頂上まで車で登れる。
船山登り口
「四国八十八ヶ所参道」と刻まれた石碑があり、
山には石仏が置かれている
きれいに整備された山。
船山1号墳 北端にある全長42mの前方後円墳 HP「古墳のお部屋」さんの写真には船山1号墳の説明板があるが、現在、説明板は見当たらない。 |
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船山1号墳 後円部に社殿が立っている。 手前が前方部 |
船山1号墳 前方部脇からくびれ部を見る |
船山1号墳 前方部の高まり |
船山1号墳 後円部から前方部を見る 中央の裸の木の根元辺りまでが前方部 |
南側にも古墳があるという
きれいすぎてよく分からない
石仏が並んでいる。
他に6基の古墳があるという。
黄砂にかすむ船山
愛宕山古墳近くから写す。
船山1号墳の後円部に建つ社殿が見えている。
愛宕山古墳群 |
越前市(武旧生市)片屋町・氷坂町 撮影日2010/3/20 |
愛宕山古墳は2003年10月に説明板の前まで来ている。
愛宕山古墳登り口
(撮影日2003/10/4)
今回はこの山に登って古墳を確認に行く。
愛宕山古墳分布図 (説明板から)
愛宕山古墳群は
越前市片屋町氷坂町にある独立丘陵に位置。
東山支群、愛宕山支群、里山西支群、里山中央支群の4支群で構成
前方後円墳2基(東山20号・里山西9号)を含む78基が確認されている。
最高峰の愛宕山から西向きに延びる丘陵上にある東山支群は
横穴式石室を主体とする後期群集墳、
里山の各支群は5世紀から6世紀前半にかけての初期群集墳
里山西支群の1・2号墳は昭和61年発掘調査、
いずれも14m前後の小型の方墳で主体部は木簡直葬と確認された。
愛宕山には他に縄文時代、古墳時代の住居跡や土壙、中世の山城などの遺跡も確認されている。
説明板の横から崖みたいな坂ををつづら折りに登ると、
愛宕山山頂行く道と、東山支群に行く道に分かれるので
東山支群に行く道に入る。すぐ古墳が見えてくる。
愛宕山古墳群東山支群
(19号古墳前にある説明板から)
東山支群は24基(前方後円墳1基 ほかは円墳)
埋葬施設は全て横穴式石室と推定されている。
尾根上に列をなして造られている。
支群中最高地点に位置する17号墳は切石積みとみられる石室が観察できる。
一つ一つの古墳の前に「第▲号古墳 墳経△m」と書かれた案内板が立っているが、
「墳経」じゃなくて「墳径」だろう。 非常に残念!
愛宕山古墳群東山支群の墳丘 | |
手前から 24号墳 (径7.9mの円墳 少しくぼむ) 23号墳 (径10.7mの円墳 大穴がある) |
手前から 22号墳 (径8.6mの円墳) 21号墳 20号墳 |
支群中最大の20号墳 全長35.5mの帆立貝形前方後円墳 先端を21号墳の周溝によって削られている。前方部に大きなくぼみがある。 |
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17号墳墳丘 (径15.2mの円墳) |
17号墳 崩れた石室 |
16号墳墳丘 (径13.4mの円墳) |
16号墳 崩れた石室 |
18号墳墳丘 (径10.2mの円墳) |
21号墳 (径15.7mの円墳) 群中2番目の大きさ 大穴がある |
19号墳は (径9.8mの円墳) |
王山古墳群 |
鯖江市日の出・西山 撮影日2010/3/20 |
王山古墳群も2003年10月に見学したが、整備中だった。
現在、整備が終わり
復元された墳墓と現状保存の墳墓 計49基が、小さな山に分布している。
王山40号墓
弥生時代中期末の方形周溝墓
東西23.5m×南北21m・高さ3m
埋葬施設は未調査
王山古墳群中最大・最古の墳墓
手前から
3号墳(方形周溝墓)
7号墳(方形周溝墓)
9号墳(方墳)
4号墳(方形周溝墓)
中央 6号墳(方墳)
右 3号墳
5号墳(方墳)
8号墳(円墳)
21号墳
葺石のような石がある。
古墳時代前期の円墳
径19mで、山側に幅3.5mの周溝がめぐる。
埋葬施設は未調査。
古墳上に鎌倉時代〜室町時代末期に14基の集石墓が作られている。
火葬した人骨を壺や木箱などにいれ埋めて上部を石で覆った墓で、
葺石ではない。
25号墳(方墳)
王山古墳群配置図 (パンフレットから)
西側の駐車場にパンフレットポストがあってパンフレットがもらえるが、
墳丘墓と古墳の区別がないし、
ひとつひとつの墳墓の大きさや時代のこともほとんど書かれていない。
せっかくパンフレットなのにとても残念だ。
王山古墳群は
鯖江台地南端の独立丘陵「王山」にある。
現在はJR鯖江駅のすぐそばで、鯖江の街の真ん中にある。
弥生時代(3世紀)〜古墳時代中期(5世紀)に築造された現在総数49基の墳墓・古墳が確認されている。
昭和40年に1〜7・9・25・31・32号の11基を発掘調査。
丘陵の尾根筋には方形の墳墓が並んでおり、
このうち1・3・4・7号墓は墳丘墓(方形周溝墓)で弥生時代後期(3世紀)の築造。
いずれも一辺が8〜12m、高さ1〜2m前後の大きさで、副葬品は出土していない。
3号墓の周溝からは東海や近江地方の影響を受けた土器が出土、それらの地域と交流があったと考えられている。
5・6・9・25号墓は古墳時代前期(4世紀)の方墳で、
5号墳から鉄刀、6号墳から鉄剣が副葬品として出土。
丘陵の斜面には古墳時代の円墳がある。
31号墳は古墳時代前期のもので、直径20m、高さ2mの規模を有し、割竹形木棺から鉄剣・鉄鏃・鎌・鍬先・臼玉が出土。
32号墳は古墳時代中期(5世紀)のもので、直径8m前後、割竹形木棺に鉄剣・鉄鏃・刀子・釶が副葬されていた。
(パンフレットから)