北村さんちの遺跡めぐり
更新日2010/9/28
七尾市の古墳

羽咋七塚・完結

七尾に竹の子掘りに行き、ついでに気になっていた古墳の探索をしてくる。
羽咋七塚の見学もようやく完成。

地図g

国分尼塚古墳群の補足
(国分古墳群)
国指定史跡

七尾市国分町
(撮影日 2010/5/1)

2年前に来たときは、墳丘が竹林になっていたが、竹が切られて墳丘の写真がとれた。


尼塚1号墳 奥は後方部、手前は前方部







尼塚2号墳 前方部から後方部







2号墳後方部






分尼塚古墳群周辺の古墳  (拡大図C)   七尾市の地図y

41 藤橋ゼニガミネ古墳
42 国分岩屋山古墳群
43 国分高井山古墳群
44 国分尼塚古墳群
45 国分火司神社古墳群
46 八幡・八幡神社古墳群
47 月夜見神社古墳群
(細口または下町古墳群ともいう))
48 院内勅使塚古墳
49 千野高塚古墳群
50 千野古墳群


志賀町(・七尾市)の地図g

藤橋ゼニガミネ古墳

七尾市藤橋町
(撮影日 2010/5/1)

藤橋ゼニガミネ古墳は、
公立能登総合病院の移転建設に伴い、1993年に発掘調査されたが、
残っているのだろうかと不安に思いながら行ってみる。


藤橋ゼニガミネ古墳の位置


公立能登総合病院の駐車場から山側に行く遊歩道を行くと救急用のヘリポートがある。
その西側は崖、その崖を雑木雑草かきわけて登ったら古墳らしい地形がみつかる。


藤橋ゼニガミネ古墳
墳頂平坦部


七尾の街が見渡せる場所だ。

藤橋ゼニガミネ古墳は標高73mの独立丘陵にある。


藤橋ゼニガミネ古墳からの景色


3つの尾根が合流する地点に築かれ、三方の尾根を断ち切って周溝とし、
その掘削土を盛り、三ヶ所の周溝を結んで幅1mのテラス面を作って円形の墳丘をつくっている。
東西径40m・南北径38.6m・高さ6mの円墳
幅3〜7m・深さ0.4〜1mの周溝がある
埋葬施設は 墓坑(長さ11.3m・幅3.3m・深さ1.1m)に割竹形木棺(長さ7.8m・幅0.8m・スギ材)を置いたもの。
木棺は蓋をしたあと木棺全体を灰白色の粘土で覆っている。
  刀子1(長さ11.6cm)が副葬
  赤色顔料(酸化鉄)が検出された
4世紀後半〜5世紀前半の築造と推定されている。

藤橋ゼニガミネ古墳 墳丘端部

人為的な盛り土とわかる。




公立能登総合病院の駐車場から
藤橋ゼニガミネ古墳のある山を見る







二宮川中流域の古墳を見に行く。
池崎古墳群のあたりを通って、町屋古墳群・温井古墳群へ。

     七尾市二ノ宮川中流の古墳群   

8 満仁細田古墳群A群
9 満仁細田古墳群B群
10 満仁細田古墳群C群
11 西下古墳群
12 吉田経塚
13 吉田古墳群
14 満仁八幡古墳群A群
15 満仁八幡古墳群B群
16 満仁館山古墳
17 満仁円山古墳群
18 池崎古墳群
19 温井古墳群
20 町屋古墳群
21 東三階古墳群


温井古墳群

七尾市温井町
(撮影日 2010/5/1)

    温井古墳群配置図  志賀町(・七尾市)の地図g







上り口が分からない。地元の人にきいてみたがよくわからない。
町屋町の住吉神社裏から山によじ登り、10号墳あたりから南下。



10号墳
径10mほどの円墳



古墳らしい高まりを見ながら南下。



15号墳
鉄塔工事で後円部が削られている。



15号墳は、1977年発掘調査

15号墳実測図(七尾市史より)

標高59.4mの最高所にある。
全長16.8mの前方後円墳
後円部10.8m・高さ2.2m
前方部長さ6m・幅6.6m・高さ1.7m
後円部東側にだけ 周溝あり(幅1.8m)
後円部中央に割竹形木棺直葬
赤色顔料・ガラス玉7・刀子1・鉄鏃6が副葬されていた。
墳丘では須恵器甕や土師器椀などの破片が採集される。
6世紀代の築造と推定されている。

15号墳の西側に出ると山道があったので、そこから北へ戻る。

前方後円墳の12号墳の後円部
山道に沿って南側に後円部、その北側に前方部
くびれに沿ってわずかに道がカーブしている。

カーブは目では確認できるが
写真ではよく分からないので、
写真は載せない。


15号墳から山道沿いに1号墳まで戻り、そのまま北に行き山を下りる。



住吉神社近くの道から
温井古墳群のある山を見る。

住吉神社の向かいに町屋地区の集会所があり、駐車ができる。

温井古墳群データ (七尾市史より)
 A支群  C支群
1号 円墳 径10m・高さ0.8m   27号 円墳 径15m・高さ1.5m
2号 円墳 径6m・高さ0.5m   28号 円墳 径12m・高さ1.5m
3号 円墳 径5m・高さ0.5m    29号 円墳 径15m・高さ1.5m
4号 円墳 径5m・高さ0.6m   30号 円墳 径15m・高さ1.5m
5号 円墳 径15m・高さ1.5m    31号 円墳 径12m・高さ1.5m
6号 円墳 径8m・高さ1m   32号 円墳 径8m・高さ1m
7号 円墳 径8m・高さ1m   33号 円墳 径15m・高さ1.2m
8号 円墳 径10m・高さ1.2m  
9号 円墳 径8m・高さ1.2m    D支群
10号 円墳 径10m・高さ1.5m   34号 円墳 径20m・高さ3m
11号 円墳 径5m・高さ0.8m   35号 円墳 径10m・高さ1.2m
12号 前方後円墳 全長36m   36号 円墳 径10m・高さ1.2m
13号 円墳 径8m・高さ1m   37号 円墳 径8m・高さ1m
14号 円墳 径6m・高さ0.8m   38号 前方後円墳 全長 34m
15号 前方後円墳 全長 17m   39号 前方後円墳 全長 63m
16号 円墳 径6m・高さ0.6m  
 
 B支群    E支群
17号 円墳 径6m・高さ1.5m   40号 円墳 径10m・高さ1.2m
18号 円墳 径18m・高さ2.5m   41号 円墳 径10m・高さ1.2m
19号 円墳 径8m・高さ2m   42号 方墳 辺10m・高さ1.5m
20号 円墳 径10m・高さ1.5m   43号 方墳 辺12m・高さ1.5m
21号 円墳 径8m・高さ1.5m   44号 方墳 辺12m・高さ1.5m
22号 円墳 径12m・高さ2m   45号 方墳 辺10m・高さ1.5m
23号 円墳 径6m・高さ1.5m  
24号 円墳 径18m・高さ2.5m  
25号 円墳 径10m・高さ2m  
26号 円墳 径10m・高さ1.5m



  30〜33号墳は消滅
  
  29号墳は、1977年調査
   墳丘の南西裾に列石がある。
   副葬品は出土なし
   組合式箱形木棺直葬と推定
   4世紀後半〜5世紀前半の築造


羽咋七塚・痛子塚

羽咋市
(撮影日 2010/5/1)

羽咋市の羽咋七塚はあとひとつ、痛子塚がまだ見学できていなかった。
地元の人にたずね、ようやくみつける。
北陸電力羽咋変電所の南側の公園にある。

痛子塚
十一代垂仁天皇の皇子の石衝別命イワツクワケノミコト・羽咋神社の御祭神)の后の
三足比当ス(ミタラシヒメノミコト)が病気になられたとき、
悲しみのあまりに亡くなった皇女の墓だと伝えられている。
古い記録では径25mほどの円墳だったというが
形も位置も今はわからなくなっている。
この近くに板子という地名があり、ここを神聖な場所として信仰してきたことから
塚跡ではないかと考えられている。


公園の片隅にりっばな石碑や顕彰碑が建てられている。


地元の人達の寄付により、痛子塚はりっぱに整備された。
場所もはっきりわからなくなっているけれど、
とても大事にされているというのがよくわかる。



羽咋七塚配置図




羽咋市の地図
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