北村さんちの遺跡めぐり
更新日2008/8/8
七尾市のいろいろな古墳
石川県立図書館で「七尾市史・考古編」を見る。
七尾市には多くの古墳群がある。
(このページは、「石川県遺跡地図」・「七尾市史・考古編」を参考にさせていただきました)
七尾市国分町の古墳群を見学に行く。
まず国分尼塚へ。
頂上まで、車1台が通れるだけの道が続いている。
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国分尼塚古墳群 |
七尾市国分町 |
国分尼塚は我が家の子どもたちが小学生の頃から行っている。
北陸放送の放送局(無人?)がある。
墳丘は当時からすでに笹に覆われ、入り込めない状態になっていた。
墳丘横の空き地は畑となっていた。
数年ぶりに訪れた。
畑となっていた空き地は、雑草が生えて、毛虫がいっぱい。
笹に覆われていた墳丘は、笹が衰退、竹林となっている。
墳丘に上ってみた。
全体的に低い墳丘だ。
写真の撮りようがない。人間の目で見ると墳丘を確認できるのだが・・・・。
国分尼塚古墳群全景 左 2号墳 右 1号墳
尼塚と呼ばれる独立丘陵(標高33m)の東端に、北から前方後方墳2号墳・1号墳が
前方部を北に向けて並ぶ。
1981〜1984年に調査され、前方後方墳2基と方墳1基が確認された。
他に数基の古墳があったと推定されている。
国分尼塚1号墳
前方部から後方部を見る。
国分尼塚1号墳
後方部の高まり
1号墳は全長52.5mの前方後方墳。
1号墳で出土した鉄刀には、包んであった絹布の繊維が残っていたという。
埋葬施設は墓坑を掘り、木組みを造り、その中に割竹形木棺を置いたと推定されている。
国分尼塚2号墳
1号墳のすぐ北にある。
1号墳の次の世代の墓?
2号墳は1号墳より小さく、全長33mの前方後方墳で、埋葬施設も簡素化(木棺直葬)されている。
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国分尼塚古墳群実測図 上(北側)2号墳 下(南側)1号墳 1号墳は全長52.5mの前方後方墳 後方部一辺28m・後方部高さ2.7m 前方部幅20m・くびれ部幅7m 西側に3〜5mの空濠がある。 埋葬施設は墓坑の木組み施設中に割竹形木棺 出土品 棺内から ゆぎ1・胴鏃57・鉄鏃4・鉄鍬先1・鉄斧3・ 鉄やりがんな1・鉄鑿3・ヤス2 棺外から 鉄槍1・黒漆塗小品など 墳丘から 供献祭祀に使われたと考えられる土師器 2号墳は 全長33mの前方後方墳 後方部一辺18m・後方部高さ3.5m 前方部幅11m・前方部高さ1m くびれ部幅7.5m 南・西・北側に幅2.6mの空濠 埋葬施設は木棺直葬 出土品 棺内から 銅鏡(直径10.1cm)1・管玉20鉄片・ 赤色顔料(ベンカラ) |
1号墳が4世紀前葉に築造され、その次の世代の墳墓が2号墳ではないかと推定されている。
七尾市の地図y
尼塚を下り、南の火司神社の周辺にも古墳があるというので、見学に行く。
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国分火司神社古墳群 |
七尾市国分町 |
「火司」は「ヒヅカ」と読むことを、神社の近くで出合った女性に教えられた。
祭神は「カグツチノミコト」。「火司」という名前の通り、火をつかさどる神様だ。
他に「アマテラスオオミカミ」と「トヨウケヒメ」を祀る。
国分火司神社登り口
右側の建物は集会所
火司神社社殿
山を削って建てられているようだ。
社殿の左側から後の山に登る。
古墳らしい高まりを発見!
低い墳丘で分かりにくい
社殿の背後の山の中
国分火司神社古墳群は
前方後方墳1(全長30m)・円墳11・方墳6が確認されている。
火司神社のさらに南の八幡神社周辺にも古墳があるという。
JR線路脇に鳥居がある。
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八幡神社古墳群 |
七尾市八幡町 |
参道手前には二重の堀がある。
社殿前にある石造りの由来書によると・・・
祭神は息長足姫命(神功皇后)・誉田別命(応神天皇)比淘蜷_(応神天皇の皇后)など
能登国八幡社の総社だという。
二重の堀などを見ても、昔は立派な神社社殿だったということが想像できる。
八幡神社社殿
本殿手前の右側(北)少し上がったところに建物跡があり、その奥に円墳が確認できる。
円墳
径10m・高さ3mほど
高さがある
八幡神社古墳群は
円墳2・方墳2が確認されている。
縄文土器・石斧・土師器・須恵器が出土した。
八幡神社の鎮座する山の北側は削られて、現在自動車学校となっている。
自動車学校建設時に、弥生時代の墳墓群が発見され、細口源田山遺跡と名づけられた。
細口源田山遺跡では
方形周溝墓13・周溝を持たない土坑墓15などと共に竪穴式住居跡も見つかっている。
さらに南の月夜見神社周辺にも古墳があるという。
JRの踏切を渡ったところの道路を南下。長い参道がある。
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月夜見神社古墳群 |
七尾市細口町 |
月夜見神社とは、なんとロマンチックな名前の神社なのだろう。
月夜見神社社殿
祭神は月読命(ツクヨミノミコト)。
月読命は夜の神様で、伊邪那岐神の三人の子どもの一人。
姉は天照大神、弟は須佐之男神。
社殿の右(北)には遊歩道(?)があるので、歩いてみた。
前方後方墳・後方部
古墳の葺石か?
月夜見神社古墳群は
前方後方墳1・円墳4・方墳2が確認されている。
今回はまるで神社めぐり。
神社の祭神がいろいろあるので、詳しく調べたらおもしろいだろう。
中華料理の「昇龍」で食事。
おいしい中華飯だ。
国分尼塚の西に国分高井山古墳群がある。
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国分高井山古墳群 |
七尾市国分町 |
調査された古墳のあったあたりは削られて空き地となっている。
西側には林が残っているので、その中に入っていけば古墳を確認できるのかもしれないが、
立入禁止になっているので、あきらめた。
国分高井山古墳群は
元々、30基ぐらいの古墳があったといわれるが、土取りのためほとんど消滅した。
高地性集落があったとも推定されている。
消滅しそうな中、1980年に円墳3・方墳2・方形周溝墓2が発掘された。
1号墳は、 径11mの円墳。 埋葬施設は木棺直葬。
鉄鉾が出土
2号墳は、 径12mの円墳。 埋葬施設は木棺直葬。
鉄鉾が出土
3号墳は、 一辺11mの方墳。 2〜2.5mの周溝がある。
埋葬施設は木棺を持たない墓坑2.7m。
直刀・ヤリガンナ・鉄斧・と石が出土
4号墳は、 径10mの円墳。 幅1mの周溝。
埋葬施設は木棺直葬。
須恵器・滑石製紡錘車が出土
5号墳は、 一辺6mの方墳。南北に浅い周溝がある。
埋葬施設は木棺を持たない墓坑
銅鏡・鉄器・滑石製紡錘車が出土
5世紀後半の築造と推定されている。
1号墳の南側と4号墳の東に方形周溝墓がある。
月夜見神社の東、向かい側の山のふもとにある千野高塚古墳を見に行く。
以前、千野古墳を見に行ったが、千野古墳の少し北に千野高塚古墳はある。
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千野高塚古墳群 |
七尾市八幡町 |
千野高塚古墳のあるところは、現在「ホワイトタウン千野」という住宅地になっている。
その住宅地の西側に丘があるので、雑草の中をのぼり、柵をよじ登る。
展望台らしきものがある。
この場所が千野高塚古墳のあったところと思われる。
「七尾市史・考古編」には「尾根丘陵頂に2基存在」とあるので間違いないと思うが、古墳の確認はできない。
下りる時は、遊歩道がみつかり、そちらから下りる。
展望台のふもとの住宅で庭仕事をしている男性に尋ねたが、古墳については何も知らないという。
住宅地から展望台を見上げる。
千野高塚古墳は、1985年宅地造成工事に先立ち発掘された。
尾根丘陵頂に2基存在する。
20×10mの狭い尾根上に2基一対墳として築かれている。
1号墳は、 10.7×8m・高さ2mの長方形墳
埋葬施設は土坑墓(長さ3.03m・幅1.62m・深さ0.46m)
2号墳は、 1号墳に先行
径11m・高さ1.5mの円墳。
土器祭祀のあとがある。
埋葬施設は割竹形木棺と推定
古府クルビ式の段階の土器が出土
4世紀中葉〜後半の築造と推定されている。
七尾市では、5月3日から5日、青柏祭がある。
今日は5月3日
七尾食彩市場隣の印にゃく神社で「でか山」の組み立てをしている。
府中町のでか山
幅13m・高さは12mもあるという
国分尼塚古墳群周辺の古墳
41 | 藤橋ゼニガミネ古墳 |
42 | 国分岩屋山古墳群 |
43 | 国分高井山古墳群 |
44 | 国分尼塚古墳群 |
45 | 国分火司神社古墳群 |
46 | 八幡・八幡神社古墳群 |
47 | 月夜見神社古墳群 (細口または下町) |
48 | 院内勅使塚古墳 |
49 | 千野高塚古墳群 |
50 | 千野古墳群 |
国分古墳群の西の山の向こう側、二宮川流域にも多くの古墳がある。
国造山C支群の前方後円墳が見たいと、国造山の中に入った。
前方後円墳は確認できなかったが、方墳と円墳がいくつか確認できた。
国造山C支群を見学したときの写真と、周辺の古墳の紹介。
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国造山C古墳群 |
七尾市八幡町 |
反対側に道があることを知らず、雑木の中を進む。
私たちの目では、古墳が確認できたが、写真では難しいかもしれない。
![]() 26号墳 円墳 径20m・高さ2m 墳頂部にくぼみ? |
![]() 29号墳 方墳 一辺12m・高さ2m |
![]() 30号墳 方墳 一辺12m・高さ2m |
![]() 31号墳 円墳 径10m・高さ1.5m |
![]() 32号墳 円墳 径10m・高さ1.5m |
![]() 33号墳 円墳 径8m・高さ1.5m |
![]() 39号墳 円墳 径18m・高さ2.5m |
国造山古墳群配置図
私たちが見たのは、国造山C群
26号墳から33号墳は東から西に並ぶ。
国造山C群の42号墳と
国造山A群の2号墳は前方後円墳。
このあたりは、古墳の密集地。山の中に入れば、見れるはず。
が、山の中の道なき道を行くにパワーが要る。
七尾市二ノ宮川中流の古墳群
8 | 満仁細田古墳群A群 |
9 | 満仁細田古墳群B群 |
10 | 満仁細田古墳群C群 |
11 | 西下古墳群 |
12 | 吉田経塚 |
13 | 吉田古墳群 |
14 | 満仁八幡古墳群A群 |
15 | 満仁八幡古墳群B群 |
16 | 満仁館山古墳 |
17 | 満仁円山古墳群 |
18 | 池崎古墳群 |
19 | 温井古墳群 |
20 | 町屋古墳群 |
21 | 東三階古墳群 |
22 | 国造山古墳群A群 |
23 | 国造山古墳群B群 |
24 | 国造山古墳群C |
25 | 西三階古墳群A群 |
26 | 西三階古墳群B群 |
27 | 西三階古墳群C群 |
28 | 北谷古墳群 |
30 | 川田七ノ宮古墳群 |
31 | 川田ソウ山古墳群 |
32 | 川田向山古墳群A群 |
33 | 川田向山古墳群B群 |
34 | 川田向山古墳群C群 |
35 | 川田向山古墳群D群 |
36 | 川田向山古墳群E群 |
37 | 川田向山古墳群F群 |
38 | 川田向山古墳群G群 |
39 | 大槻小杉谷古墳群 |
40 | 大槻古墳群 |
七尾湾の内海赤浦湾のそばに赤浦古墳群がある。
そばまで行ったが、やはり山の中。
山の中に分け入るパワーがない!
山を眺めるだけで、帰ってきてしまった。
七尾市二宮川下流の古墳群 (拡大図A)
1 | 舟尾古墳群 |
2 | 垣吉古墳群F群 |
3 | 垣吉古墳群E群 |
4 | 垣吉古墳群A群 |
5 | 垣吉古墳群D群 |
6 | 垣吉古墳群B群 |
7 | 垣吉古墳群C群 |
51 | 赤浦古墳群 |