更新日2004/9/28

雨の宮古墳群から
        石坂鍋山古墳群へ

都会に住み始めた長男がゴールデンウィークに帰省して、「山へ行きたい」と言う。
それで連れて行ったのが、雨の宮古墳群と「志乎・桜の里古墳公園 ー石坂鍋山古墳群」だ。

地図g

雨の宮古墳群  

中能登町(旧鹿西町)能登部上・西馬場
 (撮影日2004/5/2)

邑知地溝平野を見下ろすように、眉丈山脈の最高峰「雷が峰」(標高188m)を中心とする尾根筋に
前方後方墳1基・前方後円墳1基・方墳1基・円墳33基
の古墳群がある。
4世紀後半から5世紀初頭の築造と考えられている。
現在は1号墳2号墳のあたりが整備され、資料館「雨の宮能登王墓の館」も造られている。
資料館では、1号墳後方部の埋葬施設2基のうち、発掘された1基が、原寸大で復原展示されている。
邑知地溝平野のむこうには鹿島町の小田中親王塚と亀塚があり、
勢力の大きさを張り合うように大きな墳墓を造った「王」の姿が見えるようだ。

雨の宮2号墳墳頂から1号墳を見る。

雨の宮古墳群配置図(この図は古いらしく、27号墳までしかない)

1号墳の北に方墳(以前は1号墳の張り出し部分と思われていた)と円墳があるはずだが、この図にはかかれていない。

1号墳全景
全長64mの前方後方墳
後方部長39m・高さ8.5〜9m
前方部長25m・高さ5.5m
2段築成で葺石をもつ。
後方部に2つの埋葬施設が確認されている。
1号墳後方部から前方部をみる
1号墳前方部は雨日陰比盗_社の本殿が建てられた時、
     一部が破壊された。
1号墳埋葬施設
埋葬施設の位地・大きさを表わしている
全長7.2m・幅2mの
粘土槨の中に
  長さ6.2m・幅80〜74cmの割竹形木棺が納められていた。
棺内は3区画に分けられていて、
 中央に遺体、
 両側には鉄製の武器や武具などの多くの副葬品が納められていた。
主な副葬品は
 銅鏡1・車輪石・石釧など腕輪形石製品19
    ・短甲1・銅鏃55・太刀・剣・短剣・鉄鏃など
17号墳
直径約16m、高さ約1.5mの円墳
1号墳よりも先に造られていた。
竪穴式石室がある。
 7号墳竪穴式石室

竪穴式石室は北側を頭に、長さ3.7m幅1.5mの規模で、
    大きめの板石8枚程度でふたをしてあった。

内部は未調査。

奥は1号墳の葺石

(未調査のまま、よく我慢しているなぁ・・・・)

2号墳
全長65.5mの前方後円墳
後円部径42m・高さ7m 前方部幅28m
3段築成 葺石あり

7号墳(右側は5号墳につながる)
5・6・7号墳
いずれも2号墳より後に造られ、F→D→Eの順に造られた。

5号墳・・・直径約13m高さ約2mの円墳
中央に長さ約5m幅約1.5mの木棺を直接埋めた痕跡がある。

6号墳・・・直径約12m高さ約2mの円墳
裾を丸くするために5号墳を少し削っている。

7号墳・・・直径約8m高さ約1mの円墳
5号墳が重なっている。盗掘坑がある。

5号墳(左側)と6号墳

雨の宮古墳群から南西に1kmくらいのところには、方墳2基、円墳3基のテンジクダイラ古墳支群がある。
また雨の宮古墳群から西4kmの鹿西町金丸の山麓に、
  日本で最古のオニギリを発掘
した弥生時代中期後半の高地性集落跡「杉谷チャノバタケ遺跡」がある。
現在、旧鹿西町は「オニギリの里 ろくせい」として全国に売り出し中です。

中能登町の地図y   

石坂鍋山古墳群
いしざかなべやまやこふんぐん
志乎・桜の里古墳公園 

宝達志水町(旧志雄町)散田
 (撮影日2004/5/2)



志乎・桜の里古墳公園案内図

志雄町は、古くから桜の名所として知られていた。
そのイメージを大切にして、新しい桜の名所として造成したのがこの公園である。
園内には各種の桜(約900本)が植えられ、また6基の古墳が整備されている。

公園内の古墳群は石坂鍋山古墳群と命名された。
この古墳群は子浦川と向瀬川の合流点に向かって舌上に張り出す、細い尾根に位置する円墳群だ。

古墳時代後期(6世紀後半)に断続的に造られたと推定されている。
散田金谷古墳はこの古墳と一帯をなすものと考えられている。

1号墳
群内で最大規模
直径30〜37m、高さ6.5mの円墳
幅5.5m深さ0.4mの周溝を巡らせている。
埋葬方法は西南に開口する横穴式石室で
   その全長は約8mと推定される。
その石室は散田金谷古墳の石室を上回り、
   県内でも有数の大きさ。

6世紀の終わり頃の築造
大正末期に発掘され、刀や馬具が出土したと伝えられている。
2号墳
直径19〜20m、高さ2.6mの円墳
幅4m、深さ0.4mの周溝を北西側に巡らせている。
埋葬方法は横穴式石室で
   内部は完存しているものと推定されている。
6世紀終わり頃の築造
3号墳
4号墳
直径13〜15mの円墳
埋葬方法は木棺直葬
6世紀後半の築造
5号墳
直径9〜14m、高さ0.9mの円墳
埋葬方法は木棺直葬と推定される。
南東側からは規模の大きな古墳に見える。

6号墳
6号墳の墳頂から、古墳の湯の露天風呂が見えてしまいます。(男湯です)

宝達志水町の地図y

能登の遺跡トップページ

トップページ