北村さんちの遺跡めぐり
更新日2014/5/5
金沢市の遺跡めぐり |
法光寺古墳群 |
法光寺古墳の位置
神谷内交差点から脇道に入り
「某会社寮」の所まで来ると、そこからは未舗装の山道となる。
未舗装の道の入口に駐車。徒歩で山道を行く。
法光寺古墳群の南には、
神谷内古墳群がある。
1号墳 | 径19m・高さ3mの円墳 | 西側が半壊 |
2号墳 | 径15m・高さ2mの円墳 | 東側が土取りで半壊 |
3号墳 | 径11m・高さ2.5mの円墳 | 道路により東・北側が半壊 |
4号墳 | 径19m・高さ3.5mの円墳 |
法光寺古墳群は、神谷内古墳群のある尾根の、平野に面した稜線上にある古墳群。
4基の円墳から構成されているが、3基は林道や土取りによって半壊状態となっている。
墳丘断面の観察では、盛土はみとめられず、地山整形によって構成されているものと思われる。
(石川考古学研究会会誌・第22号「北加賀地域古墳群分布調査報告」から)
右側 3号墳 中央奥が1号墳 |
1号墳 |
1号墳には周堀があるように見える |
1号墳墳裾の穴 石室かと思ったが現代の穴らしい ひょっとして、熊のねぐら・・・・・・? |
2号墳 |
3号墳 |
4号墳 |
4号墳 方向を変えて |
調査がされていないので、詳細不明。
1号墳が一番立派に見えたが・・・・・・。
高尾城跡 |
金沢市法光寺 |
見晴らし台として整備されている。
県教育センターへ行く途中の墓地から、上り口の階段がある。墓地そばに駐車。
300段近くの階段を上る。
後で分かったことだが、この高尾城跡展望台は、県教育センターの敷地内にあるということなので、
教育センターの駐車場に駐車して、センター側の上り口から上ればよかったようだ。
墓地側の上り口の階段を上がる・・・・・ |
階段をどんどん上がる・・・・300段くらい・・・・ |
高尾城跡遺構図 (説明板から) 図の真ん中あたりに、現在展望台がある。 高尾城は、標高190mの丘陵先端部一帯にある山城。 資料には富樫氏の城として多胡城や富樫城などと見える。 長亨2年(1488)の一向一揆(長亨の一揆)によって攻め落とされた加賀国守護・富樫政親の城として知られている。 富樫氏は石川郡富樫郷を本拠地とした加賀を代表する武士団であり、建武2年(1339)に加賀国守護となった。 高尾城は非常時に立てこもる城砦として利用されていたと考えられ、 平時は野々市町住吉町、扇ヶ丘町に所在する守護所(富樫館)で政務を執っていたとされる。 見晴らし台のあるこの地は、通称「ジョウヤマ」と呼ばれる場所で、昭和45年の土取りによってその大半が失われたが、 背後の通称「コジョウ」には現在も城の遺構が残されており、 虎口(入口)や曲輪(削平地)、堀切(尾根を切る堀)、切岸(急な斜面)、竪堀などが確認できる。 ただし、これらの遺構の特徴は、長亨の一揆後の16世紀後半頃に築造されたもので、 元亀年間から天正8年(1570〜1580)の柴田勝家方の侵攻に備えた一向一揆勢が関わった可能性が指摘されている。 (説明板から) |
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高尾城跡 見晴らし台からの景色その1 |
高尾城跡 見晴らし台からの景色その2 |
たまたまこの日は、PM2.5が飛来した日で、霞んでいて、景色がよく見えない。
天気がいいのに、とても残念。