北村さんちの遺跡めぐり
金沢市 金沢市の地図g
塚崎八幡神社古墳(比売塚古墳) |
金沢市花園八幡町 撮影日2017/3/5 |
塚崎町の八幡神社は円墳の上にある!
塚崎八幡神社古墳は 比売塚古墳ともいわれている。 径25mの円墳。 (古墳でないとする説もあり) |
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南から見た塚崎八幡神社古墳 |
神社の社殿は丸い墳丘の上にある。 |
径25mの円墳というが、大きく見える・・・・。
塚崎遺跡 |
金沢市塚崎町 撮影日2017/3/19 |
塚崎八幡神社古墳のそばの墓地から、南の台地に登ったところに塚崎遺跡がある。
説明板が立っている。辺りは畑。
墓地で偶然、遺跡の地主さんにお会いできて、説明板のあることを知った。
塚崎遺跡 (石川考古学研究会会誌第22号より引用加筆) 昭和46年北陸自動車道の建設に伴い、 約七千uにわたって全面的な発掘調査が行われ、 26棟の竪穴住居などが完掘された。 全国でも珍しい弥生〜古墳移行期(3〜4世紀)の集落遺跡。 一部消滅。 集落は、舌状台地の縁辺に、 大型の竪穴住居と倉庫を中心に数棟の竪穴住居が並んで一群をなし、それがいくつか複合している。 ここからは祭場や勾玉・管玉の製作場も発見され、 森下川流域にいとなまれたムラが、 鏡や多量の鉄器を管理する有力な司祭者の住む母集落を中心に統合されていくありさまがよく分かる。 遺跡の大半は道路の開通によって姿を消したが、 大量に出土した土器や石器・鉄器などの遺物は、県教育委員会に保管されている。 (説明板から) |
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塚崎遺跡と説明板 |
塚崎遺跡 |
塚崎遺跡から南を見ると、 塚崎1号墳のある山がみえる。 塚崎遺跡と塚崎1号墳の間に 北陸自動車道が通る。 |
塚崎古墳群 |
金沢市塚崎 撮影日2017/3/19 |
塚崎遺跡の地主さんに、塚崎古墳群の登り口をお聞きすることができ、見学できた。
塚崎1号墳の西の北陸自動車道の高架下に登り口がある。
登り口に入ってからは道らしい道はなくなっている。
塚崎古墳群は、尾根の先端の舌状台地にある塚崎遺跡から南の尾根を登ったところにある。 |
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塚崎古墳群・月浦古墳群 分布図 (石川考古学研究会会誌第22号より引用加筆)
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塚崎1号墳 |
塚崎1号墳 墳頂部 |
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塚崎1号墳 墳頂端部 |
塚崎1号墳からの眺め |
2回目の挑戦で見学することができた。
月浦古墳群 |
金沢市月浦町崎 撮影日2017/3/19 |
塚崎八幡神社から山裾沿いに南東に行くと、月浦八幡神社がある。
月浦神社の社殿は高台にあるので、 3度、山崩れの被害を受けてきた。 1757年・1945年・1964年に被災し、 再建されてきた。 910年創建 祭神は、応神天皇・誉田別之尊 (由緒書きから) 1994年に東部環状道路建設で、 遷座しているが、 高台にあることには変わりがない。 |
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ふもとの鳥居 |
社殿 |
八幡神社の背後から山に登る。
月浦古墳群は、森下川を望む尾根上にあり、塚崎古墳群の尾根続きの東方。 2基の方墳と1基の古墳状隆起がある。 2基の方墳はいずれも墳頂部平坦面が広く、両側にテラスを形成している。 |
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手前にある古墳状隆起 |
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1号墳 2号墳より上にある 一辺10.5m・高さ1.5mの方墳 墳頂部平坦面広い |
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2号墳 一辺8.5m・高さ1.5mの方墳 |
七ツ塚古墳群 |
金沢市吉原町 |
塚崎遺跡の西の丘陵には、七ツ塚古墳群があったが、北陸自動車道建設で、ほぼ消滅している。
七ツ塚古墳群配置図
(石川考古学研究会会誌第22号の資料に加筆)
神谷内古墳群・法光寺古墳群のある丘陵の、森下川に面して派生した尾根上にある。
方形周溝墓10基が尾根上方の平坦面につくられていて、
古墳13基が平坦面と尾根下方につくられている。
方形周溝墓はいずれも弥生末期の土器が出土していて、
3世紀後半の築造と推定されている。
古墳は、月影式〜布留式の土器が出土しているので、
4世紀前半〜5世紀初頭にかけての築造と推定されていて、
尾根の高所から下に向けてつくられたと考えられている。
谷を隔てて東側にある塚崎遺跡とは密接なつながりがあると考えられてい.る。